臆病者で何が悪い!


それから一週間後のことだった。
気付けば、10月も下旬になっていてあと数日でカレンダーも11月に変わる。

気温は日に日に下がっていた。帰宅時間の遅さが身に沁みる季節が近づいている。深夜の冷え込みが、次第に身体に堪え始めていた。相変わらず、まともな時間に帰れる日はほとんどない。定時をとっくに過ぎて身体中が疲れを感じた頃、無意識のうちに伸びをしていた。その時ふと生田の席が目に入る。その席は綺麗にされていて、もぬけの殻だった。もう帰ったみたいだ。

そんなことでホッとするのもどうかと思うけれど、こればかりは仕方がない。もう一仕事してから帰ろう。そう思って、姿勢を正した。

この日は金曜日。翌日が休みだからと、少し仕事を頑張った。

仕事を終えて庁舎を出ると、23時を過ぎていた。

寒いな――。

この日は特別冷えているような気がする。薄手のコートでは風を通してしまう。自然と早くなる歩みで地下鉄の駅を目指していた時だった。

「内野」

ん――?

幻聴かと思って、一瞬無視しようかと思った。でも、もう一度同じ声がした。

「……な、なに?」

目の前に現れた生田の顔は険しくて、怒りの混じる無表情さだった。

「ちょっと、来て」

ど、どこから出て来た――?

「ちょっとって、一体――」

慌てふためく私に構わずに腕を取る。私は咄嗟に抵抗した。

「やめてって。なんなのよ」

力の限りで掴まれている。じんじんと腕が痛い。生田の背中に抗議してもこちらを一切見ようとしない。ただ、前へと進むだけだ。

「一体、どこに……」

連れて来られたのは、少し歩いた場所にある民間企業のオフィスビルが建つエリア。霞ヶ関の省庁街から出たところだ。
ほとんど明かりの消えているビルの影に連れ込まれた。
霞ヶ関の省庁が建ち並ぶあの通りは、時間に関係なくいつだって人が歩いている。何て言ったって、”不夜城”だから。
だから、こんなところまで引っ張って来たというわけか。これじゃ、ほとんど拉致だ。

< 89 / 412 >

この作品をシェア

pagetop