臆病者で何が悪い!
その日から私は、なるべく生田に近付かないようにした。そもそも係が違う。仕事上でのかかわりはそんなに多くはない。幸いなことに仕事は暇じゃない。不自然にならずに、接しないように出来る。
同期で同じ課とは言え、もともと仲が良かったわけじゃない。同僚としての仲間意識なら、静かに心の中で持っていればいい。心の奥底で、必死に自分が自分に警告しているのが分かる。
沙都、だめだよ。
彼に近付くのは、危険だよ。また、ボロボロになりたいの――?
分かってるって。分かってる。大丈夫。
あの日。生田にはあんなに世話になったのに。
田崎さんとのことをこれほどまでに忘れさせてくれたのは生田なのに、そんな生田への感謝の気持ちが薄れてしまうほどに、私は必死だった。
「内野」
「はい?」
不意に名前を呼ばれて、思わず振り向いてしまった。
「……ちょっといい?」
しまった。生田だとは思わずに振り向いてしまった。まさか無視するわけにも行かずに、答える。
「どうしたの?」
「いいから、ちょっと」
「えっ、ちょっと待ってよ」
私の声も虚しく、その背中は廊下へと出て行った。時刻は午後10時45分。そろそろ帰ろうかと思っていた時だった。
「何? あの場じゃだめなの?」
私はつい抗議の目を向けてしまった。廊下に出て突き当りの階段の踊り場へと出る。
こんなところに、一体何の用事だ。
「今週、時間ある?」
「え……」
私の身体に緊張が走る。こうして生田と二人、向かい合うのは何日ぶりだろう。
「時間って、仕事のこと?」
思わずそう返す。仕事であってほしいという願望の表れだ。
「そうじゃないから、こんなところに呼び出してんだよな」
久しぶりにまともに生田の顔を見た。目の前の生田のネクタイに視線が行く。
「仕事じゃなかったら、ごめん。今週は忙しい」
この雰囲気が嫌なのだ。生田とこうして二人でいると、訳が分からなくなりそうになる。
「じゃあ、来週は?」
「来週もごめん。ちょっとムリ。じゃあ、私、もう帰るから」
なんだ、これ――。
足早に生田の元を去りながら、自分自身に呟く。
どうして、こんなことになっている?
普通にしたいのに、上手くできない。お願いだから、放っておいてほしい。もう少しだけ時間をください。あの夜のことを完全に忘れるまで。もう少し、私を放っておいて。
これ以上、混乱させないで――。ただ、そう願っていた。