俺様御曹司とナイショの社内恋愛


行ってきます、と沢木に声をかけると、「行ってらっしゃい」と送り出される。
その背は、こころなしか以前より伸びている気がする。


「あれ、今日は午後から雨の予報だったのに、傘持ってこなかったんですか?」

鈍色の空は、今にも雨の粒を落としてきそうだ。

「郁、バッグに折りたたみ傘入れてるでしょ」

「だって一本しかないのに」

「うん、一緒に入りたいから、会社に傘置いてきた。いいじゃん、俺がさすから」

「そういう問題じゃ。今は取引先訪問の途中で、勤務時間中なんですから、誰かに見られたら・・・」
だから丁寧語とタメ口が入り混じる、変な言葉遣いになってしまう。

「そのときは、そのとき」

「もう・・・」

ふくれながらも、あ、こういうやりとりゲームのシナリオに使えるかも、なんて思ってしまうんだから、郁もすっかり仕事にのめり込んでいる。

当然の結果というか、Otomotionで雪瀬と顔を合わせるたびに、機微を含んだ視線をよこされるようになったけれど、気にするまいという心境だ。

開きなおったのか、神経が太くなったのか・・・幸せだからなのか。
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