偽装新婚~イジワル御曹司の偏愛からは逃げられない~
でもーーごめんね、美香ちゃん!その質問の答えはきっと、聞かない方がいい。だって、私はできれば知りたくなかったもの。
「あっ、ごめん。私、調べ物があって!先に出るね〜」
不満気な美香ちゃんを残して、私は更衣室を出て受付の席につく。
花園商事本社ビルのエントランスはすでに出社してくる社員で混み合っていた。
私は彼らに笑顔でおはようございますと挨拶をする。時折、顔見知りの社員さんが挨拶を返してくれるのが嬉しい。
男性はみんな紺かグレーのスーツ姿。けど、若手の社員さんは結構おしゃれな人もいる。女性はみんな華やか。眺めているだけで、最近のファッションの流行がわかるくらいだ。

長身、やわらかそうなブラウンの髪、まっすぐに伸びた背筋。
「あっ、違った。‥‥って、なにやってんだ、私」
流れていく人波の中で、無意識に誰かを探している自分に気がつきはっとする。‥‥習慣って恐ろしい。けど、仕方ないじゃない。もう何年も、いつも私はここから彼の姿を探していたのだから。ほんのすこし、姿を見れただけで、その日一日ご機嫌になれた。目が合ったかもって思うだけで、一週間は頑張れる気がした。

ーーそんなふうに憧れていたときが一番幸せだったのかもしれない。永遠の片思いの方がよかったのかも‥‥。
「だめ、だめ。仕事中は考えない、考えない」
思わず、口に出してつぶやいてしまった。
「なにを考えないの?」
「ん?」
独り言に返事が返ってきたことに驚いて、私は弾かれたように顔をあげる。
「おはよう、白川さん」
「あっ、松島さん。おはようございます」
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