偽装新婚~イジワル御曹司の偏愛からは逃げられない~
にこやかに微笑んでいる彼、松島文也さんは光一さんの同期で、経理部の所属だ。シルバーフレームの眼鏡の奥の理知的な瞳が、彼の誠実な人柄を物語っている。決して派手ではないけれど、とても素敵な人だ。ーーと、信じたい。光一さんという前例ができてしまったいで、もう自分の人を見る目が信用できなくなってしまっている。
でも、松島さんは、松島さんだけは大丈夫‥‥なはず。彼のことは光一さんと付き合いだす前から知っていた。経理部には毎月提出する資料があって、そこで顔見知りになったのだ。松島さんはどんなに忙しいときでも丁寧に対応してくれるので、彼が出てきてくれるとほっとする。
光一さんと付き合い出した後で、ふたりが同期で、かなり親しいと聞いたときは驚いた。

「あぁ、ごめん。もう鈴ノ木さんなんだよね。なんか、あいつの顔が浮かんじゃって呼びづらいな」
そう言って、松島さんは苦笑する。
「いえ、社内では白川のままなので。今まで通りで大丈夫ですよ」
このままだと、社内どころか、戸籍も白川に戻ってしまいそうだけど。
「そっか、助かった。じゃあ、これまで通り白川さんで!」
「はい」
「今日は鈴ノ木と一緒に来たの?」
私は小さく首を横に振る。
「忙しいみたいで、光一さんの方がずいぶん先に」
「そうなんだ。営業は花形だけど、その分激務だからなぁ。俺にはとても務まらないや」
松島さんの経理部だって決して暇ではないけれど、繁忙期が読めるぶん、光一さんのいる営業部よりは少しマシなのかもしれない。
「新婚早々ほったらかしかもしれないけど、愛想つかさないでやってな。鈴ノ木って、外では格好つけてるけど意外と雑なとこあるからなぁ」
意外と雑‥‥どころじゃないです!と、思わず言ってしまいそうになったけれど、なんとか我慢した。こんなに優しい松島さんに迷惑をかけるわけにはいかない。





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