恋ぞつもりて、やがて愛に変わるまで。


「ごめんなんてっ……言わないでくださいよ」

「でも、俺にはこれしか言えな──」

「もっと、他にあるでしょう!?」


目に涙を溜めたまま、声を張り上げて私は叫んだ。

彼は肩をビクつかせ、揺れる瞳で見つめてくる。


すべてが罪悪感だったなんて、言わないでよ。

全てを打ち明けたいって思ったんでしょう?

君が謝るたび、これまで重ねてきた時間が作りものにしか見えなくなる。

鮮やかに見えていた世界が、急に褪せていく。

ごめんじゃなくて、これからは景臣としてそばにいたいって、そう言ってほしかった。

雅臣先輩の代わりとしてでなく、景臣先輩として私と向き合ってほしかった。


「あなたは……これから何者になりたいんですか?」


涙混じりの声に小さな願いを託して、私は景臣先輩を真っ直ぐに見つめ返す。

彼は視線を宙に巡らせて、静かに地面に急降下させると、私の目を見ないまま口を開いた。


「俺は……君にとっての償いの形であり続ける」

「なに、それ……」

「君が雅臣である事を望むならそうするし、景臣に戻ってほしいならば──」

「今まで散々、偉そうな事を言っておきながら……結局っ!! 景臣先輩は自分の意思では何も決めようとしないじゃないですか!」


私はそれ以上景臣先輩の顔を見ていられなくて、踵を返すとその場から駆け出した。


「待ってくれ、清奈!」


景臣先輩の声が聞こえたのに、私は立ち止まらなかった。

これ以上、景臣先輩の話を聞いているのが辛い。

だって、嫌でも感じてしまうのだ。

景臣先輩は勝手に罪悪感を抱いて、選択を私に投げて、自由を捨てようとしている。

この先もずっとずっと、彼は私を償う相手としか思わないのだ。


「っ……うぅっ、あぁっ」


私は溜まりに溜まった行き場のない悲しみを叫びながら、雨の中をひたすらに走る。

虚しい、悲しい、辛い、苦しい、寂しい。

挙げたらキリがない、負の感情の全てを胸に飼っているかのよう。

内側から食い荒らされているみたいに、ズキズキ痛む。


どんなに言葉にしようとしても想いが喉に詰まって、彼にうまく伝えられなかった。

これじゃあ、癇癪を起こす子供と同じじゃないか。

あんなふうに景臣先輩を責めたけれど、本当に最低なのは私だ。

真実を知る事が恐ろしくて、彼の心を受け入れられるほど寛容にもなれなくて、雅臣先輩からも景臣先輩からも逃げた。

「あぁーーっ!! うっ、ああーっ!!」


胸の中にある悲しみの怪物の咆哮が、私の喉を勝手に使って叫んでいるみたい。

でもこうしなければ、おかしくなってしまいそうだった。

だから、どんなに好奇な目で見られようと、私は全力で泣いて、全力で叫んで、走り続けたのだった。


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