愛されたいのはお互い様で…。


「あの、有難うございました。この靴はいつ返しに来たら…」

色々と試し履きをしていたら、割と時間が経っていた。紅茶も入れ直してくれて、また頂きもした。
帰る事にして、来た日が休みだと困るから聞いた。

「そうですね。では…晴れた日に、いつでもどうぞ」

晴れた日…。ざっくりした返答だった。定休日みたいなものは無いって事なのかな。


開けたドアの前で、応急処置してくれたパンプスを入れた袋を渡され、傘を広げてくれた。…え?雨が降ってるの?ここは大丈夫なんじゃ…。
見上げると、どうやらドームは開閉式になっているようだ。
弱い雨が落ちて来ているのが解った。…霧のようにかかる雨は植物の為なのかな。きっとそうだ。

「靴の中に今はシューズツリーを入れています。日陰の風通しの良い場所でよく乾かしてください。あと、少しですがクリームも入れておきました。乾いてから手入れをしてくださいね。そうすればひび割れる事も無いでしょう。少し遅くなりましたね、気をつけてお帰りください」

「はい、あの、色々と何から何まで有難うございました」

お店をあとにして、また暗い路地を歩いた。一人だと、ちょっと恐い。

ある程度進んで振り向いて見た。
え…暗い…店が無い?真っ暗な闇になってる。え?何だか忽然と消えたみたいで…恐い…。私が帰ったから、外の照明を落としたのかも知れない。夜遅い。きっともう閉店したのだろう。そうに違いない。
不思議な場所…、不思議な人だったな。


表通りまで少し足早に出た。ドン。

「ご、ごめんなさい」

また…今日はよく人にぶつかる日だ…。

「…紫じゃないか」

「あ…務」

どうして今頃…こんなところで務に会うなんて…。

「今、帰りか?遅くなったんだな」

「え、あ、う、うん」

メールのやり取りから、かなり時間が経っていて良かった。直後に会っていたら仕事だと言った嘘がバレてしまうところだった。

「凄い偶然だな。どうやらこんな会い方に縁があるんだな俺らは」

務も、あの店からの帰りなの?。こんなに長く居たの?それとも、あの後、仕事に戻ったの?…それとも…どこかからの…帰り?…。

「どこか寄ってたのか?」

パンプスが入っている手提げ袋を見ていた。

「え?あ、これは、ちょっと…靴屋さんに」

「へえ。なあ、今更だけどご飯は済んでるか?」

「え?まだは…まだだけど…」

「そうか…。じゃあさ、何か買って帰ろう、俺の部屋に、一緒にさ」

「え?食べるの?…今から?」

「ん?そりゃあ食べるだろ」

「食べられるの?平気なの?」

「ん?」

「あ、違…こんな時間に食べても平気なの?って、そういう意味」

ある程度、食べてるんじゃないの?…なのにどうして?

「あー、そうだけど、お腹空いて眠れない方が辛くないか?」

「それは、そうね…」

…誰かと食べて来たんじゃないの?務って大食漢じゃないでしょ?私と会ってしまったから買うんじゃないの?
私には務は、今まで仕事をしてた事になってる訳だから、誤魔化す為に無理して食べるつもりなの?…そこまでする?…。

「何がいいかな…テイクアウト出来る物で店は…あぁ、そこのサンドイッチの店に寄ろうか。いいか?紫も食べるだろ?」

「私は少しでいいかな」

アップルパイ食べてるし。空腹をあまり感じてない。

「そうか…解った。じゃあ、適当に挟んで貰うから、ちょっと待っててくれ」

「うん」

こうして会って、務の部屋に行くことになるなんて…。お互い思いもよらなかった事だろう。務…、何も言わない。あれはあれで仕事の内だったのかな…。
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