愛されたいのはお互い様で…。

…あ。ふぅ……会ってしまうものだな…。仕事の帰りか…。
今日は遅くなったんだな。サンドイッチ買ってるなんて。
何やら店員と談笑しているみたいだ。…笑って、とうとう口を手で隠している。
…フ。ツボに嵌まったみたいだな。涙を拭ってる。屈託なく…楽しそうに笑うよな…この顔、…好きな顔だ。いつもは澄ました顔をしてるのに。

出来たのか、帰るみたいだな。頭を下げて軽く手を振っている。
…あ、おい、忘れ物みたいだぞ。そそっかしいな…。
店員が袋を手に追い掛けている。…あー、別の店で買った荷物らしいな。…本当に…何してるんだか。完璧そうな雰囲気してるのに。
頭を下げあって、あぁ、また笑ってる…。
普段、こんなによく笑うんだな…。
いつまでも笑ってないで早く帰れよ。もう遅いんだから。通りは明るくても危ない。

あ、おい…ティッシュ配りのお兄さんにしつこくされてるじゃないか。
…いいから、…言葉なんか返さなくていいから、行け、振り切れよ。
ずっとついて来られてるじゃないか。
あいつも嫌がってるのが解らないのか。しつこいな…。
はぁ、やっと諦めたか。あれは勧誘に違いない。どこかに連れて行かれたらどうするんだ。
…本当に。大丈夫なのか、こんなんで。

俺が知らなかっただけだ…。毎日こんな風にしているのが、きっと特別じゃない日常だ。
ねえ?今日、こんな事があったのよ?って…楽しく話したい事を…それを俺は聞いてあげられてなかったって事だ。


俺の“よく知っている人”は、どうやら自分の部屋に帰るようだ。

さっきの男がもし無理矢理どこかに連れて行こうとして、揉めて危ない様子になっていたとしたら…、俺は、大丈夫ですか、と、割って入る事が出来たという事か…。いや、もっと早い段階で大丈夫ですか?と声をかけることも出来る。

今は、ただ買い物、だだ勧誘、そんな場面に出くわしたとしても、声も掛けず素通りするしかないって事だ。
よく解らない対応だな…馬鹿げた話だ、知らない者同士になろうなんて…。気持ちを無視して…。
嫌われるまで攻めたらいいものを。そしたら完全に諦めもつくというのに。
どう考えたって、知らない人になんかなれる訳がないのに…。
知らない人を心配しながらこれだけ目で追い続ける事はない。
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