愛されたいのはお互い様で…。


だから、ミルクティーの代金だってご馳走にならずに払ってきた。貸しはともかく、借りは作らない方が安全な気がしたからだ。高がミルクティー一杯で、取って食われる訳でもあるまいが、何を理由に言い出すか解らないのは、務の例だってある。

実際、あのお金で私が務を買った訳では無かったけど、そういうモノをきっかけに、何に発展するか解らない事もあるから…。結局あの時、務は、タクシー代とバーの代金として渡したお金を受け取らなかったけど。

侮ってはいけない。まして、大人の男の考える事など、経験の少ない女の立場では計り知れないんだから。苦い思いをするのは…懲り懲りだ…。

務の部屋に行った日、つまりバーで一人飲んでいた理由は、つき合っていた相手に奥さんが居たという事が解った日だったからだ。
お酒に逃げようと思った訳でもなかった。別れ話をしてきっちり終わらせた結果でもなかった。偶然見掛けて知ってしまったやり切れなさからだったかも知れない。

出会った時は指輪はしていなくて、勿論、恐らくだけど、普段会わない時もしていなかっただろうと思う。そんな人だった。独身か妻帯者かなんて、何も言わないし、私からも特に聞きもしなかったけど。…妻帯者だから、その話に触れて来なかったんだと今ならそう思える。何も詮索しない私はまさに都合が良かっただろう。いつばれるかなんて事も、ちょっとドキドキの一つだ、くらいに楽しんでいたのかも知れない。

あの日は約束していた日では無かった。ただ、通りすがりに偶然二人が落ち合ったところを見掛けた、それだけだ。向こうは会社帰りに待ち合わせていたのだろう。

離れた場所でお互いを見つけて『ゆうこ』『あなた』と呼び合い、駆け寄ったんだ。
誰に見せ付ける為の芝居でも無いだろう。それが普段の仲なのだ。ゆうこと呼ばれた女性は男に近づくと、自然と腕を絡めて寄り掛かるようにして歩き出した。…甘えている。間違いない、こんなの見せられたら、この男は妻帯者でしょ。…愛妻家かどうかは知らないけど。この女性の事も騙して生活しているとは考え難いし、考えたくも無い。

即、メールを送ってやった。距離を取って跡をつけた。

着信とともに携帯が胸でブルブルと震えたのだろう。ゆうこさんが気づき、見るように言ってるようだった。
渋々取り出して見た男は瞬時にギョッとした顔になり、直ぐ携帯をポケットにしまった。なんて名前で登録してあるのかは知らないけど、私からだから慌てたんだ。
ゆうこさんは、何、仕事?と聞いている。男は肩を抱きながら、ああ、後でいいやつだと言ってキョロキョロしていた。

…もう一度送った。
今度は上着の外ポケットだったからそのまま放置したようだ。ねえ、いいの?と言う問い掛けに、仕事相手なんだけどしつこいからいいんだよ、と応えていた。それでも後ろを見たり横を見たりキョロキョロしていた。…しつこい仕事相手、ね。
早く着信を消してしまいたいだろうに。

【ゆうこさんて言うんですね】

【奥さん、とても幸せそうで羨ましいです】

何も悪い言葉は送っていない。

完全に瞬時に冷めていた。何も無い。奥さんから奪いたいとも全く思わなかった。これで、終わったという事だ。見れば察しがつくだろう。

その日その後、直ぐには無理だとしても、待ってくれ誤解だ、とか、会って話そう、などと連絡が来る事は無かった。
やっぱり向こうは初めからバレたら終わりだ、くらいに思ってつき合っていた事なんだろう。
そんな相手に私はされていたんだ。…それって身体だけの関係って事だ。
これは…セフレとも違う…。
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