愛されたいのはお互い様で…。
幅も奥行きもある数段の低い階段を上がった先に、普通の家の梁までありそうなくらい大きなドアが待っていた。中央が丸くガラスで抜かれた木製の扉だ。
男性が手前に引いた。
う、わぁ。明るい店内が目に入って来た。お店の人、他に誰も居ないのだろうか。自然と更にキョロキョロと視線が動いた。
…あ。靴を並べてある棚があった。全てオリジナルだと思われるような凝ったデザインの靴が並んでいた。……素敵。自然と歩み寄っていた。
…あ、これ、…これも。もっとゆっくり見てみたい。棚の靴に手を伸ばし触れそうになっていた。
「…さあ。まずはこちらのカフェスペースにどうぞ。タオルを持って来ます。それから、そこに入って頂いて、その濡れた物を脱いでください」
つまりはこの脚に貼り付いたストッキングも脱いで大丈夫だと言ってくれているんだ。
背もたれの部分を小さくハートに抜いてある椅子に座るように促され、丸いテーブルにバッグを置いて腰掛けた。
これはとても可愛らしいセットだ。
窓からはさっき入って来る時に見た庭が見えていた。…何もかも、広くゆったりと造られている感じ。居るだけで気持ちが安らぐ気になる。ゆっくり、大きく息が出来る感じだ…。
「これを履いてみてください」
腕に大判のタオルを掛け、片手にモスグリーンのレインシューズを持って現れた。
「雨も大分小降りになって来ました。これから後はそう降らないと思います。このくらいの深さのシューズで大丈夫かと思います。…さあ、早く。どうぞ。濡れて気持ち悪いでしょ?遠慮は要りませんから」
カフェと靴屋の境を通り、奥に案内された。シャーッとカーテンを引いた先を指し説明してくれた。
「そこの蛇口からお湯も水も出ます。ある物は何でも、好きに使ってください。…では」
「あ、はい、有難うございます」
タオルを受け取った。不思議な流れだ。この人は元々何も悪くない。別に私は、この人のせいで足が濡れている訳じゃない。ただ、雨で靴を濡らし、足を濡らし…歩いていたらぶつかっただけ…。しかも、私からぶつかってしまったんだ。
裏で怪しい変な商売をしているとか。…そんな人には見えないけど。人をこんな風にして連れて来るなんて…。誰にでもしているのかな。……軟派?…クス。それは…きっと無い話ね。
とにかく、いきなりの事で、有り得ない事だ。何故、連れて来られたのだろうと思っても、今更遅い話だけど。
一連の流れが不思議過ぎて、されるがまま…私がぽーっとしてたって事だろうな…。
中に入りストッキングに手を掛け、迷わず、するすると脱いだ。
はぁ…、気持ち悪かった…。剥がしたかった薄皮が、やっと取れたって感じ。…すっきりした。濡れた“抜け殻”の置き場に困ったから、取り敢えず、パンプスの中に丸めて入れ込んだ。
温めのお湯を出し、足を洗った。…はぁ、気持ちいい…これだけでもさっぱりする…。あ、これ借りちゃいましょ。ソープのポンプを押して手に出し泡立て、足先から丁寧に洗った。はぁ。柔らかい香りが安らぐ~…。
タオルでしっかり拭いて、モスグリーンのシューズに足を入れてみた。さらっとしていて、…見た目より軽くて楽チン。…何だか心が自然と弾む気がした。小雨くらいの日には、散歩に行きたくなりそう。フフ。現金ね。
…ん~?…紅茶?後ろから香りが漂って来た。