彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
Stay with me ~早希~


あと1週間で康史さんは本社に戻ってしまい今までのように会えなくなる。
プロジェクトは佳境に入り、全員残業の日々。
それは私も同様で、必然的に康史さんとゆっくり過ごす時間が取れないということで・・・。
おまけに康史さんは別件で抱えている仕事の都合で昨日から東京に戻ってしまっている。

さみしい。
すごくさみしい。

こんなことでこれから遠距離恋愛なんてできるのだろうか。
今更ながら、アクロスを退職してしまったことを後悔していた。
いや、あの時はあの選択しかできなかったけれど。
康史さんは遠距離恋愛が不安じゃないのかな。

1時間ほどの残業で今日は帰れそうだった。
こういう日に限って康史さんはいない。
盛大なため息をつくと高橋が声をかけてきた。

「谷口、飲みに行こうぜ。康史さんがいないんだからお前どうせ暇だろ」

「失礼ね、別に暇じゃないけど・・・まあ付き合うわ」

高橋の言い方が気に入らなくてぶっきらぼうになる。

「やっぱ、暇なんじゃん」

「うるさい。あんたにはデリカシーってもんがないの?」
まあいいか。高橋には聞いておきたいことがある。

2人で社内を歩いているとあちこちから視線を感じる。

「高橋って、本当にここの御曹司だったんだ」

「まあね」

「全然知らなかったわ」

「お前らしいよ。何も言わなかったけど佐本は知ってたぞ。谷口はそういうこと全く興味なさそうだもんな。ま、だからお前や佐本とは気軽に付き合っていられるんだけどな。そういや、谷口って出会ったときに康史さんのことを自分とこの副社長って知らなかったんだって?」

「ん?ああ、んー、まぁね」
この話題、微妙に振られたくない。初めて出会った時の話は誰にも秘密だ。

「それ誰情報?由衣子?」

「いや、康史さん」

「えっ?」

「谷口と康史さんっていつどこで出会ってたんだよ?」

「い、いや、いや、いや、内緒」

私は背筋に冷たいモノが流れてきた。
それってあの夜の話だよね。

エレベーターに乗り込み他の社員が乗っていたので、2人とも黙った。

康史さんが高橋に私達が出会ったあの夜の話をしてしまうなんてことがあるだろうか。
まさか、ね。

1階フロアを正面玄関に向かい2人で歩きながら、どこの店に行くか相談していた。

「良樹」

高橋を呼ぶ声に私もそちらを見ると、30代後半くらいの和服美人が立っていた。髪をアップにして目鼻立ちがしっかりとした迫力ある美人。

「良樹ったら、無視しないでちょうだい」

高橋はチッと舌打ちしている。

ん?
この女性、どこかで見たことがあるような?

「何か御用ですか、母さん」
高橋は露骨に嫌そうな顔をして和服美人に身体を向けた。

< 117 / 136 >

この作品をシェア

pagetop