彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
「林さん、ごめんなさい。わざわざ私のために来て下さったんですよね、そのままでも大丈夫だったのに。いずれ気が付いたはずですから。でも、ありがとうございます」
私は頭を下げた。

「いいえ。気にしないで下さい。あ、帰りもお送りするように言われております。そのカクテルを飲んだら出ましょうか」

「いいえ、送ってもらうなんてとんでもない。1人で帰れますから」
私が驚いていると
「いえ、副社長は早希さんが真っ直ぐに帰宅するかも心配しておりましたからね」
と言いくくくっと笑った。

その言い方と笑いにぴんとくる。
「……もしかして、あれ、林さんもご存知なんですか?」
私は眉をひそめた。

「はい。申し訳ありませんが」
まだ笑っている。

はぁ。
知られているなら仕方ない。

「林さん、よかったらお掛けになりませんか」
そのまま話すのも、横に立たれてカクテルを飲み干すのを待たれるのも抵抗があり、隣の席を勧めた。

林さんは「そうですね。では、失礼します」とあっさり隣の席に座った。

「早希さんはなかなか楽しい方なんですね」

「もしかしてその話を林さんは私としたいんですか?」

「ええ、ぜひとも」

私服の林さんはいつもの堅い雰囲気ではなかった。
いたずらっぽい瞳をして、にこりとした。
女子社員に大人気の林さんの違う姿を見られて少し得した気分になる。

「林さんはこの話をどなたから?」

「あなたと同じ部署の人からですね」
ん?誰だろう。

「林さん、私と同じ部署に親しい知り合いがいるんですか?」
「ええ。まぁそんなところです」

そんな人があの部にいたんだ。
はぁ。
再び深いため息をついた。

「あの日はたまたま少し飲み過ぎただけなんですけどね」

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