彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
帰国してすぐに出社し、早希がいたフロアに行った。
神田部長に挨拶して早希のデスクを見せてもらうが、きれいさっぱり何もない。


「神田部長、谷口さんから何か聞いていませんか?」

酔った早希が信楽焼のタヌキと間違えたことから『信楽焼部長』と呼ばれている神田部長だ。
本人が楽しげに吹聴して回っていたから今は本人公認で悪意のないニックネームになっている。

「はあ、副社長。何かって何ですかね?」
のんびりしたテンポで返される。

「谷口さんから何か退職に関して聞いていることはありませんか?」

「私はですねぇ。早希さんが辞めた日に副社長が大きな声で早希さんの名前を呼びながら社内を探していたって聞いてますけどね。副社長の方が辞めた理由をご存知じゃないかと私が聞きに行こうと思った位ですが」

このタヌキに痛いところを突かれた。

「早希さんがいなくなって1番困っているのは私ですよ。偉い皆さんには秘書さんがいらっしゃいますからいいですけど、私たち下々の者には秘書さんなんていませんからね。
有能な早希さんが私のスケジュール管理から部下の作成したプレゼン資料の確認、書類作成や他部署との連携調整など全てやってくれていたんですよ。
それなのに、早希さんが辞めてしまって、これからうちの部はどうすればいいんですか」

おい、それは何か違わないか?じゃ、何か?部長の仕事まで早希はやっていたのか?このタヌキはホントにお飾りの信楽焼だったのか?
早希からは『神田部長って本当に人柄がよくて仕事もできる尊敬に値する立派な方です』って聞いていたんだが?
いろいろ言いたい事はあったが、とにかく今は少しでも早希の情報が欲しい。

「いや、本当に私も心配しているんです。谷口さんが辞めてどこに行くとかこれからどうするとか聞いていませんか?」

「どこに行くかは聞いてないですね。ああ、ただ以前にですねぇ。実家の父親は単身海外赴任中だと聞いていますけど」

また思い出したらお知らせします。そう言って最後ににやりと笑った……ような気がした。

父親が海外赴任中ってどうでもいい情報だけど仕方ない。
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