彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
私はその後ろ姿を黙って見送った。女性の発言にさほど驚きはしない。

副社長がモデルをしていたと言われればそうだろうと思う。抜群のルックスにスタイル。
今は短めの黒髪だけど、以前の社内報に載っていたのは少し長めの茶髪。モデルって感じも頷ける。

もともと、私はこの先副社長とどうにかなろうとは思っていない。そんな身の程知らずの女じゃない。いつ終わりが来るのかとビクビクしながら待っている女だ。
今の女性が言った『暇つぶし』っていうのも当たっている。

仕事が早く終わった木曜か金曜日の夜に2人で飲むだけの関係だし。いずれ終わりが来る関係だっていうことも言われなくてもわかっている。本命と会えない時に呼び出されているのだろう。

「・・・余計なお世話」
思わず呟いてしまった。

すると、スッと私の前にグラスが差し出された。
驚いて顔を上げると、いつものバーテンダーさんが微笑んでいる。

「よかったら試飲してみて下さい」

え?という表情をすると
「いつもご利用いただきありがとうございます。たまには違うカクテルのお味を試してみませんか」
とグラスを指差した。

「ありがとうございます」
グラスにはミントの葉がこれでもかという程飾られている。
「ベースはモヒートですが、アレンジを加えています」

グラスを手に取り少し口付ける。
うん?予想外の甘さと柑橘系の香りとミントの爽やかさ。
美味しい。

笑顔になりバーテンダーさんにお礼を言った。
「ありがとうございます。これはとてもリフレッシュできそう」

バーテンダーさんも微笑み返してくれた。
「どういたしまして」

おかげで席に戻ってきた副社長にいつも通りの応対をする事ができた。
そうでなければ、引きつった笑いしか出せなかっただろうから。

あの時は親切なバーテンダーさんと美味しいお酒に救われた。
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