彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
プロジェクトの推進を中心に俺の生活は回り始めた。
今まで他人任せにしていた部分も目を通し、必要なら自分から出向いて話を進めた。 

休みなどいらない。
一日も早く軌道にのせて、早希のいるであろうS市に向かうんだ。
そればかりを思いこの仕事に励んだ。

それまで行かされていた接待は社長や専務に全て押し付けた。

今までパーティーや会食、接待などに出向くのは俺の仕事であることが多かった。
それは俺を広告塔として使うという会社としての戦略だった。

自分で言うのも何だが、学生時代にスカウトされて『蒼』という名でモデルをしていた経歴があるくらいに容姿には恵まれている。

爽やかな好青年というイメージを前面に押し出してあちこちに人脈を広げ取引相手を増やし、企業の地位をゆるぎないものにと築く礎となる。

しかし、俺が独身であることで弊害もあった。

「うちの娘を妻にどうか」
「わが社の重役の娘はどうか」
「うちには独身の孫がいる」
見合い話なら断れるが、商談の場に娘を連れてきたりする非常識な輩がいたり、接待中に色目を使う女性社長や社長秘書などもいるのには辟易していた。

軽薄なイメージを変えるため、地毛の茶色の髪は黒く染め短く切った。
なるべく佐伯さんを同伴して女性との接触を避けた。
しかし、どの世界にも図々しいやつらはいる。

先日早希がいるのに副社長室に突撃してきた女もそんな非常識な奴らのひとりだ。

ただ、あの女とは面識があった。
あの女は『蒼』時代に軽く遊んだことがあった。
あの頃は俺も若くて世間を知らなかった。

先日行ったパーティーにあの女がいた。女の父親が社長をしていて、その秘書をしているという。
女の父親は俺たちが知り合いと知るとたいそう喜んでいたが、今の俺には迷惑以外の何者でもない。
ただ、仕事に関しては会社同士知り合いになっておいて損はないと判断した。

ただそれだけのことだったはずだった。
あの女からの誘いは全て断っていたし、もちろん二人で会うような馬鹿な真似はしていない。
それなのになぜ、あの女は早希の前であんなことを。

思い出しても怒りで震えてくる。

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