a bedside short story
9th.Aug. 渦巻き
手にしたのは渦巻きの写真。

夏の渦巻きってなんだろう?

台風の目?
風呂敷とか?


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「なあ、なんか懐かしい匂いしねえ?」

帰り道。
私を家まで送ってくれた“彼”が、マンションのエントランス前で鼻を動かす。

「懐かしい匂い? よく判らないけど」
「なんだっけー? 田舎のじいちゃん家の匂いみたいな」
「私んとこ、田舎らしい田舎ないからなー。おじいちゃん達も都会生まれだし」
「なんか響きカッコいいな」
「でも、学生時代は、夏休みに『田舎に帰る』って言ってる友達が羨ましかったよ。母親に夏休みに遠出したいって言っても、高いからとか混んでるからとかで却下されてたし。今となっては、その理由も激しく同意できるけどね」
「……なあ、今でも『田舎』って憧れるか?」
「そうだね。無い物ねだりなだけかもしれないけど」

星空がきれいに見えたりとか、
ずーっと一面見渡す限り田んぼの風景とか、
新幹線の社内販売とか、
無人駅とか、
テレビでしか見たことのないものには、いまだ憧れは続いている。
多分、1回味わったら満足できることなんだろうと思うけれど。

「じゃあ、俺んとこの田舎、行ってみるか?」
「いいの!?」
「俺も最近行ってなかったし、顔見せに行くのも親孝行だろ」
「嬉しいな。今から楽しみだよ!」
「ま、その代わり、多少騒がれても文句言うなよ?」
「騒がれるって?」
「そりゃ、俺が彼女連れて親の実家訪ねたとなりゃ、それなりの関係だって思われるだろ」
「まあ、それはそうだね」
「多分1日で地域一帯に広まるぜ?」
「そんなに?」
「情報拡散の速さも田舎らしさだって」
「そういうもんなんだね……」

想像して少し不安になった私の頭を、“彼”の大きな手が弾むようにはたいてく。

「結婚すれば行く機会もあるだろうし、大義名分あったほうがいいならそれからにすれば?」

事もなさげに放られた言葉の意味を理解して、私は思わず真っ赤になった。


部屋に入って扉を締めると同時に、鳴ったメッセージの受信音。“彼”の音。連投3回だ。

『思い出した』


『さっきの匂い』


『蚊取り線香だ』


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残り、あと22枚。
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