ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
その頬は温かかった。

「二条・・。お前、聖人を知っているのか。
約束って何だ?」

「聖人は、あの日父に会いに研究所に行っていたんだ。
俺の父の研究に興味があるって言っていた。
だから俺は父に聖人との約束を取り付けたんだ。最悪のタイミングで、俺の父が自分の父親に殺された現場を見たんだ。」

「聖人が・・その現場に居たと言うのか?」

慧は、冷たい瞳で静かに頷いた。

「父の遺体の側に落ちていたこの音声を録音したレコーダーを拾って、ポケットにしまったそうだ。
ずっと証拠として隠し持っていた・・。
そこから、聖人は他の父の悪事の証拠をこっそり集めていたんだ。
自殺する前に耐えられなくなって、俺にメールをくれた。必ず、これを公にしてくれと・・。」

聖人の長い睫毛は閉じられたまま。

部屋には静かに機械音だけが響く。

「あいつは父や母に絶望して死のうとした。
自分のルーツさえも偽りであった事も後押しした・・。
全ての山科のタブーを背負い苦しんでいた。
父を殺した事の責任に耐えかねて、転校先の学校にまで真実を伝えに来て、謝罪された事もあった・・。
優しすぎたんだ、聖人も、・・美桜も。」

「死んだ研究者の息子だとしたらお前は、・・あの晴海だって言うのか?」

目を見開いて慧を見上げた海の声は震えていた。

「ああ、そうだ。美桜はさっき「ハル」って呼んでくれた・・。少し嬉しかった。」

もう誰も呼んでくれないその名を、彼女の口から聞けた時、胸が震えた。

その言葉に青ざめた海は、慧の肩を掴み揺さぶる。

「・・・まさか!?美桜まで知ったのか?彼女の父が、お前の父を・・・。」

眉根を寄せて、痛みに耐えている海に悲しい表情で答えた慧は苦しそうに一筋の涙を流した。

「あんな形で知られてしまうなんて・・。電話に出ないんだ。何度かけても・・。」

「馬鹿か、お前は!?何処かないのか?美桜が行きそうな場所は?」

海は、痛々し気に慧を見ると、悲痛な表情を浮かべた。

ハッと、頭に大学院の友人である理央の顔が過った。

「そうだ!もしかしたら、彼女の所に行っているかもしれない。」

「なんだ、分かっているのか?じゃあ、すぐに行けよ!!じゃないと俺が・・。」

・・・ガラッ!!

大きく病室の扉が開いて、何人かの警察関係者が静かに入って来た。

「へえ、叔父さん珍しいですね。
貴方が動くなんて。
早速あちらにも動きがありましたか?」

警察の上層部にいる存在感のある人物の登場に、この部屋の前に詰めていた警官も緊張感が走る。

「山科菫さんと、執事の倉本さんが乗った車がガードレールを突き破って、道路から転落したよ。」

海と、慧は息を飲んだ。
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