ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
「聖人も無事だよ。機械に繋がれてるけど、ちゃんと今も生きていた。
叔父が彼の事も守ってくれてる。一緒に会いに行こうな。」

「お兄様にも会ったの?
私が一生分泣いている間に解決するなんて格好良すぎだよ。
ハルは、やっぱり魔法使いみたいね!!」

懐かしい台詞と共に胸が熱くなる。

膝をついて、部屋のダイニングの床にしゃがむ。

彼女の手を取り、優しく見上げた。

「全てを片付けて、僕だけのお嬢様をお迎えに来ました。もう二度と離れたくないんです。
どうか、一緒に家に帰ってくれませんか?」

美桜は顔を顰めて、訝し気な表情を浮かべている。

頬をピンク色に染めて、少し腫れぼったくなった大きな瞳は潤んでいた。

可愛い・・。

ピンク色の唇を震わせている。

誰よりも可愛くて、愛しい美桜。

「・・はい。」

目を閉じた美桜の顎を掴んで顔を近づける。

唇をしっとりと合わせた。

甘い唇を味わい、幸せを感じた次の瞬間。

彼女は苦しそうに唇を離し、潤んだ瞳で爆弾を投下した。

「ねえ、聞いて。私、さっき留学の話を頂いたの・・・。」

29年間生きてきて、殆ど驚くことなどなかった。

「なに?いつから、何処に?いつまで行くんだ!?」

裏返るような声掛けに、美桜は不安そうに表情が陰る。

「来年の3月から、ニューヨークに2年間だって。
博士論文の出来が良かったから、教授が推薦してくれたってさっき電話があって。
お給料を貰いながら学べるんだって。
有名な大学院のドクターのコースで勉強出来るみたいなの。
論文書いている時に楽しいって言ってたら、教授も研究職向いてるって言ってくれてて・・。
こんなチャンス滅多にないから、お受けしようと思っていたの。正直、迷ってる。」

彼女にとって素晴らしいチャンスだと言う事は分かってる。

確かに、論文を書いていた彼女は楽しそうでキラキラしていた・・。

専門職が向いてる方だとは思う。

更に2年お預けなのか!?

「アメリカと日本。・・またか。
何だその拷問。」

「さっきまで嬉しくて、それしかないかなって思ってた。
・・・慧の側で、私は幸せになんかなれないって思っていたから。
だけど、貴方の側にいれるなら・・それだけで私は幸せなの。」

困ったように微笑む美桜に、不安が過る。

彼女とのこの意味の分からないすれ違いに、苦く笑う。

だけど、彼女が認められた事を嬉しく思う自分の方が大きかった。

「わかった行こうよアメリカ・・。」

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