ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
外は真っ暗になり、様々な色のネオンが広がる大きな窓は開けっ放しの状態で夜の都会の情景が窓一面に広がっていた。

ガランとした部屋には、倒れたテーブルとその側で座り込んだまま動かない藤堂海がいた。

ブブ・・ブブブ・・・ブブブブ。

部屋の隅に置かれた鞄の中から、携帯のバイブ音が聞こえてふらっと立ち上がり長身で細い身体を上手く支えれないかのような茫然自失ぶりで床に足を這わせるようにして進む。

「・・・はい。藤堂です。」

通話口から厳めしい声が聞こえ、ビクリと体が震えた。

「すみません・・。美桜とは会えたのですが・・。私の不手際で逃がしてしまいました。」

部屋に入って来た3人の台詞が耳に残っている。

自分が仕出かした事とは言え、最低の行為だった。

二条慧に思い切り殴られて少し楽になった部分もあった。

しかし、声の主は私がどんな行為をしたと知っても咎めないだろう。

数々の泥を被り、人が傷つくのも・・手段の為に誰かを傷つける事も厭わない人間。

父と同じ種類の人間だった。

「はい・・。そうですね。私の気持ちは決まりました・・。半年後、必ず彼女と結婚します。」

ピツ。

電話を握りしめて、大きな溜息をついた。

「美桜・・。お前はこんな世界が嫌いだと言った・・。汚いと。だから俺は医者になった。
君を助ける力と、権力者とは違う誰かを救う人間になって・・お前に好かれたいと思っていた。」

その気持ちを何となく知ったのが、9年前の花火大会の夜だった。

美しい藍色の浴衣には赤い牡丹の花が描かれている。

色素の薄い栗色の髪を纏めて赤と白のスワロフスキーが散りばめられた簪を差していた。

長い睫毛に縁どられた美しい焦げ茶と金色の混ざった瞳が見開かれ、唇に紅がほんのり乗せられていた。

見た瞬間に、目のやり場に困ってどうしていいのか分からなかった。

背筋を伸ばして艶やかに笑う彼女の全てが愛しかった。

自分の父や、彼女の背負っている呪いのような脈々と流れる先祖からの家系を継いだ力から、彼女を守ってあげたいと思っていた。

この気持ちに名前をつけるなら義務感や、責任感のようなものだと思っていた。

知らぬ内に、私の人生の全てになっていた女性。

職業も、生きる場所さえも左右されてしまう大きな存在だったのだ。

「お前を・・幸せにするにはどうしたらいい?間違えてばかりの俺に教えてくれ・・。」

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