ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。

母は、用事が入ったからお先に失礼する旨を伝えてラウンジを出た。

母の姿が消え去ると同時に現れた慧に驚く。

「美桜、迎えに来たよ。今日は大変だったね・・。一緒に家に帰ろう?」

ロビーにいた時の般若のような顔でもなく、母に話しをしていた時の凍てついた表情でもない。
いつもの落ち着いた、目には優しい光を讃えた二条慧の姿だった。

「おい、二条・・。お前、さっき・・・・。」

海が、慌てて立ち上がってさっきの状況の説明を求めようと乗り出した。

「海君、お仕事忙しいのに、今日は母の我儘で急に呼び出したみたいでごめんね。挙式の件は私は協力出来ないわ。貴方の謝罪と気持ちは理解したけど、結婚だけは無理よ。」

「・・・しかし、あと半年しかないぞ。どうするんだ?」

「藤堂、美桜の気持ちは大切じゃないのか?山科の言いなりになって結婚するのが、お前の言う守り方なのか?」

サッと私の持っていた鞄を抱えて、落ち着いた様子で海に喋りかける慧の様子にホッとする。

「俺はその日だけを信じて来たからな。幼いころからずっと。
これが正しいのかは分からない。
だけど、今の俺なら山科の手の内に入ったように見せかけて、好き勝手出来る力も経済力もあるからな・・。」


「そうか、守り方は人それぞれかもしれないな。俺は俺のやり方で美桜を守る。もしそれが例え・・、美桜を傷つけてしまう結果になっても。最後まで責任は取る。・・美桜、帰ろう。」

私は最後の方の言葉に驚いて目を大きく見開いた。
慧をその瞳で見上げたまま性急に腕を引かれて歩き出す。

「おい!!二条?今のどういう意味だよ。傷つける気なら俺はお前に美桜を渡せないぞ!?」

悲壮な表情で立ち止まった慧は、海を見て笑う。

「もし、本当にそうなったらお前が幸せにすればいい。その時は美桜が俺を拒んだ時だからな。」

「なんだ・・それ。お前、何をするつもりだ?」

慧は決意を瞳に宿し、海へ意味ありげに笑った。

思ってもみなかった返答に海は驚きを隠せず、戸惑いを見せた。

歩き出した慧の顔を見ると、痛みに耐える表情を浮かべていた。

私は、ぐんと強い力で引かれた腕に痛みを感じた。

ホテルの駐車場に着くと、私は慧を見上げて制した。

「慧・・・痛いよ。どうしたの?そんな辛そうな顔で何を考えてるの・・。」

慧は暗がりの中で揺れる瞳で私を見下ろす。
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