ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。

痛みを耐えた表情の慧は俯いたまま話しを始めた。

「自分が正しいとは思わない。だけど、それでも戦わなければいけない時はどうすればいい？」

「さっき貴方が言ったじゃない。自分の信じた選択をすればいい。結果はその後ついて来るわ。
ＩＱ172の・・変態でしょ？貴方が悩んで決めた選択なら正しいと思う・・。」

「君が傷つくのが一番耐えられないのに、もし俺が君を傷つけたら・・・。」

私は、不思議そうに笑った。

「・・慧は、私を１人ぼっちにする？」

「俺は、君が許す限り側にいたい。」

私はさっきまで心の中にあった不安が霧散していく。

あの日のように、遠くなるトラックを見つめるような痛みはもう二度と嫌だった。

「それならいい。私が傷つくのは、多分目の前から貴方がいなくなることだけだと思う・・。」

「君の家族が傷つくかもしれなくても？誇りや名誉やプライドを失うかもしれない・・。」

あははは！！と笑い出した私を、不安そうに見上げた慧に穏やかに微笑んだ。

「馬鹿ね、それって大切かしら？少なくとも私はそれが大切とは思ってない。
生きている人間が幸せでないなら、名前や家に何の意味があるの？
重い責任と足枷は、私にはいらない物だわ。」

「いらない？はは・・本当に君は変わらないね。」

「私は、私になる為に生きてきたの。敷かれたレールを壊して、私が決めた方向に進むレールを自分で1から作る為にね。私の身に纏っている表面がどれほど傷ついても大丈夫なの。それって私じゃないもの。
今はどれだけ批判されても、否定されてもそれでも私は私だって思えるもの！」

何となく解った。

慧は、私を自由にしたいと言っていた。

本気で私の後ろにある柵と戦おうとしていたのだ。


「そうだな。・・美桜はそうだった。馬鹿だな、あの人の言葉に惑わされるなんて・・。」

くしゃっと髪を潰して、寂しそうに笑う慧に強い瞳で答えた。

「１つ１つちゃんと私に確かめてね・・。魑魅魍魎はね、人心掌握も情報攪乱もお手の物なのよ？どうか惑わされないでね。」

「そうか・・。心配かけてごめん。揺らぐなんて情けないな。ちなみに俺は変態じゃなく天才だから。
さっきの言い回しには他意を感じたけど？」

明るい表情を見せた慧にホッとした私は、彼を見上げて眉を顰めた。

「あれは・・・っつ！」

車の前で、私に覆いかぶさった慧は頭を抱きかかえたまま唇を奪う。

驚いて目を見開くと、口角を上げた慧の嬉しそうな表情が映った。

私はそっと慧の首に腕を回して応えると、幸せそうに２人は顔を見合わせて微笑み合った。

「家に帰ろうか。・・・そうだ、館林さんからは「今日来なくていいです」って言われたんだけど何のこと？」

「今日は、論文完成の飲み会があるんだって。
理央の好意に甘えようかな！？なんだか今日は色々と起きて疲れちゃった。」

「そう？なら、真っすぐ家に帰ってゆっくりしよう。今夜は、君とずーっと一緒にいたい。」

車に乗り込むと、２人を乗せた車は勢いよく駐車場を飛び出した。

＜理央ごめん！慧に連絡してくれて有難う。やっぱり、宣言通りになりました。＞

ラインを送ると

＜今度埋め合わせ宜しくね！あんたの昼ドラ話の続きをゆっくり聞かせてよね。＞

「昼ドラって・・。当事者は全然笑えないんだってば！！」

私は頼りになる親友のレスを見て、笑ってしまった。