キミと初恋。
「なぁ、かすみ」

「なっ、なんですか?」


今日は颯ちゃんがやたらと無口だなって思ってたけど、急に「意を決したぜ!」っていうような神妙な口ぶりで急に声かけてきたから、私は思わず心臓吐き出すかと思った。

一瞬初デートの最悪な失態がフラッシュバックするほどに。


「なぁ今日の服装、大人っぽすぎねーか?」

「えっ⁉︎」


思わず自分の服装に視線を落とす。


今日はお姉ちゃんに服を借りた。この間急に帰省したお姉ちゃんが色々と服を持って来てたからその中からちょっと借りたんだけど……。

アイボリーのタートルネックに勇気を出してショートパンツ。足が太い私は、普段ならこんなショートパンツは選ばないから、確かにいつもとは違う服装でもある。

りょうちんが、生足は女の武器だ! もっと晒せ‼︎ とか変態オヤジみたいなアドバイスをそれはもうしつこく言うから……。

それに従う私もどうかと思うけど、りょうちんがあまりにもしつこく言うものだからついそんな低層な意見にのってしまった。


「似合いませんか?」


思わずセーターの裾をグイッと伸ばした。もしセーターが伸びてしまったらお姉ちゃんに謝ろう。


「いや、似合うけど……もっと高校生っぽい服着てこいよ」

「えー……」


そんな事言っちゃいます?

確かに完全に背伸びした感ありますけども……。このカバンもお姉ちゃんが貸してくれたブランド物だし……。

というか、私としては背伸びしたいんですけど。

だって颯ちゃんってば何着ても似合うし、しかも今年から大学生。大学生から見たら高校生なんて子供でしょ?

私が中学から高校に上がった時、つい数ヶ月前まで中学生だったくせに、高校に入った途端急に後輩がやたらと子供に見えた。

きっとそんな感覚を颯ちゃんも感じてると思うから……。


それに颯ちゃんは否定するけど、間違いなく今の大学でもモテてるに決まってる。そんな颯ちゃんの彼女がこんなチンチクリンじゃ周りに太刀打ちできないじゃん。


「やっぱ、変ですかね……」

「おい、凹んだ顔しながらこぶし握りしめるのヤメロ」


颯ちゃんは私の利き手である握りこぶしを作った方の手を掴んで、指を絡ませてきた。

これ、普段ならドキリとするカップル繋ぎだけど、私は知っている。

こうすれば片手を封じただけでなく、こぶしも握れないという事を颯ちゃんは理解しているという事を。


「そんなに警戒しなくても、私そんなしょっちゅう殴ったりしませんよ」

「その“しょっちゅう”って言葉が怖いだろ。時々もやめろ」

「それは颯ちゃん次第では?」


颯ちゃんは私の頭に手を伸ばしたけど、それはすぐに引っ込んだ。

あれ? なんで? ここでいつもなら頭わしゃわしゃしてくるはずなのに。

そう思って、どこかもの寂しさを感じていると、颯ちゃんは自分の頭をくしゃりと掻いた。


「今日は髪、上げてるから触れねーじゃん……」


あっ。

私はショーウィンドウのガラスで自分の姿を確認した。


そうだった。服装に合わせて今日は髪をハーフアップにしてたんだった。

なんだか今日はことごとく行動が裏目に出ている気がする。

お姉ちゃんの服を借りたらもっと大人っぽくなれるかもしれない。お姉ちゃんみたいに綺麗に見えるかもしれない。

颯ちゃんの隣を歩いてても少しは釣り合い取れるかもしれない。


……そんな浅はかに思った自分が恥ずかしい。


「大人っぽくなろうとしても、結局は一緒かぁ〜」


いくら着飾っても、中身は同じ。私は私。


「斉藤印のかすみさんは、いつもチンチクリンですよ」


そんな風に呟いてがっくりと肩を落とした。すると、颯ちゃんは声を立てて笑った。


こらこら、ここで笑うのは失礼だぞ。

そう思って左手でこぶしを作ると、颯ちゃんはピタリと笑うのをやめた。


「あー、かすみはあれだ。そのまんまでいいんだよ」

「それはチンチクリンって意味ですか?」

「俺がいつお前をチンチクリンなんて言ったんだよ」

「じゃあ今の私の方がチンチクリンですか? 背伸びして中身と外見が釣り合ってないツギハギ的な?」

「でた! かすみの話ねじ曲げ攻撃」


颯ちゃんは大きなため息つきながら、呆れ顔を見せた。


ねじ曲げ攻撃ってなんですか。そもそも攻撃じゃないし。言った側が傷ついてるというのに、これじゃ自爆じゃないか。


「その服似合ってるよ。けど……」

「けど?」

「もうちょっと高校生らしい服装じゃないと……」

「じゃないと?」

「……いや」

「……なんですか?」

「……」


どんだけ溜めるつもりだ。

無駄にそわそわした気持ちを必死に押しとどめながら、颯ちゃんの次の言葉を待った。

ーーその結果。


「……なんでもない」


なんでもなくないでしょ。

それだけ口ごもられると余計に怖いんですけど。


「私、傷ついたので殴ってもいいでしょうか」

「もちろん、ヤメロ。ってか何で傷つくんだよ」

「だって颯ちゃん、遠回しに否定してくるから」

「してないだろ」

「無自覚は罪です」


悲しさからいつしか怒りへと変わり始めたこの感情。

冗談で言ってたつもりだったけど、今日は本当に殴っても正当防衛で許される気がする。

そんな危険思考に陥りかけていた時、颯ちゃんは私の手を引きながら早足で歩き出した。


「さっきから他の男がかすみのこと見てるって、気づいてないのか?」

「はい?」


どこに? そんなやつどこにいます?


私は周りを見渡した。なんらいつもと変わらない街中風景。


「ほんと、無自覚は罪だな」


小さくため息つきながら、私の言葉を引用しちゃってるけど、それはただの勘違いですから。


「見てるとしたら颯ちゃんを、でしょ?」

「バカやろ。男がって言っただろ。俺じゃないつーの」


颯ちゃんは頭をガリガリ掻いた後、再び前を向いて歩き出した。


「だからわざわざおしゃれして来なくても、かすみの可愛い姿も大人っぽい姿も全部、俺だけが知ってればいいんだよ!」



……ああ、なんだ。そっか。忘れてた。


ヒーローは照れ屋なんでした。



「颯ちゃん、颯ちゃん」

「なんだよ」

「なんで振り向いてくれないんですか?」

「だからなんだよ」


会話になってませんが。

颯ちゃん。耳が赤いのって、そういう事ですよね?

振り向いてくれないのなら、勝手に良いように解釈しちゃいますからね?


私は颯ちゃんに引かれた腕からずっと下がって、自分の服に視線を落とした。


ーーたまには、こういう服装をするのもいいかもしれないな。こういう颯ちゃんの一面が見れるんだったら……。


うん。でも、たまにでいいかな。


私はハーフアップに上げていた髪留めを外し、髪を下ろした。



「颯ちゃん。大好きです」



珍しく素直にそういうと、びっくりした顔をした颯ちゃんがびっくりした様子で振り向いた。


あっ、やっぱりって思った。

振り返った颯ちゃんのその顔は、びっくりするほど真っ赤だった。

けど、人のことは言えない。きっと私も今真っ赤な顔をしているはずだから。

だから今度は私が颯ちゃんの手を引いて歩き出す番だ。


ヒーローの隣には、ヒロイン。

私もいつかヒーローに見合うヒロインになります。

他の人とは違う。お姉ちゃんとも違う。私らしいヒロインに。


だからもう少しだけ、待って下さいね……。








【Fin】
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