私と恋をはじめませんか
私と恋をはじめませんか

新入社員と不愛想な先輩

洗面所の鏡の前。ふんわりとねじった前髪をピンで留め、私の朝の準備は出来上がり。

最後にもう一度、鏡の前で笑顔を作る。

何事も、笑顔で。これが私の合言葉。

「行ってきまーす」

玄関でまだ真新しい黒のパンプスに足を突っ込んで、外へと飛び出した。

私、高原小春(たかはら こはる)は、今年の春、大学を卒業した二十二歳。

この春から地元の米菓メーカー、コトブキ製菓に勤めている。

入社式から二週間がたった今日は、配属される部署での初出勤日。

新人研修期間は、会社のことだったり社会人としてのマナーだったりを学んでいたけれど、今日からは会社の一員として、業務に取り組んでいかなきゃならない。

身の引き締まる思いで、私は駅までの道をカツカツとヒールを鳴らしながら歩いていく。

広がるのは、ワクワクする気持ちと、大丈夫かなっていう不安。

同じように駅へ向いて歩いている前のおじさんも、新入社員の頃は不安だったのかな?

私ももう少ししたら、赤いパンプスがとても似合っている、前を歩くキレイなお姉さんのように、上手にヒールで歩けるようになるのかな?

少しだけ不安の方が大きい気持ちをかき消すように、電車の中でも仕事に成功している自分をイメージしながらつり革につかまる。

電車を降りてテクテクと会社に向かって歩いていたら、後ろから自分の名前が聞こえた気がした。

思わず立ち止まり、キョロキョロすると、ひとりの男の人と目が合った。

「小春ちゃんだよね?」

さっぱりとした短髪に、人懐っこい子犬のような人。

見覚えのある顔に、ふと思い出したのは数日前の兄の一言。

『そういえば、小春の勤める会社に有村勤めてるってさ』

「もしかして、有村さんですか?」

「うん。懐かしいねぇ。小春ちゃんと会うの、小学生ぶりかな?」

そう言って、有村さんが微笑んだ。

有村さんは、ふたつ上の私の兄の小学校時代の同級生。

家の都合で私たちが引っ越しをするまでは、うちにもよく遊びに来ていた。

私はそれから有村さんに会うことはなかったけれど、兄は連絡を取っていたらしく、私がコトブキ製菓に就職することが決まったときに、有村さんに知らせていてくれたらしい。

「高原から、小春ちゃんのことよろしくって言われてたんだよ。でも、同じ職場にいても中々会えないもんだね。挨拶するのに二週間かかっちゃった」

「ありがとうございます。気にしてくれて」

「大事な友達の妹だからね。何かあったらいつでも相談してくれよ」

有村さんの笑顔に、私もつられて笑顔になる。
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