クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
エピローグ

桜が遅い年だ。

保育園から見える小高い山が、淡いピンク色に染まっている。

入園したばかりの園児たちが、おずおずと登園し、柵の中でよたよたと歩いては、数歩も行かずにぺたんとお尻をつけてしまう。

クラスの三分の一は、まだ満足に歩けない。

今年、私が担任を務める子供たち。

大人には見えないなにかを熱心に覗き込むうち、床におでこをガツンと打った子を抱き上げたところに、慣れた風の親子が登園してきた。


「おはようございます」

「あっ、おはようござい…」


私は目を剥いた。


「どうしたんですか、その恰好」

「これですか」


有馬さんは憂鬱そうに、身に着けたダークグレーのスーツを見下ろした。


「新人研修の担当になっちゃって。一週間、プログラミングの講師ですよ」

「スーツなんて持ってたんですね」

「そりゃ持ってますよ。俺、会社員ですよ?」


うーん。残念ながら、いばれるほど会社員らしくもないと思う。

慣れないネクタイがわずらわしいのか、屈み込むと垂れてくるそれを払いのけ、ロッカーの上の登園簿に迎えの時刻を書き入れる。

そのそばでは、律己くんがなぜか、ビジネスバッグを抱えていた。


「おはよう、律己くん。今日から一番お兄さんだね」


照れくさそうに顔を輝かせ、こくんとうなずく。


「どうしてお父さんの鞄、持ってるの」

「置いてくって言うから」

「それで持ってあげてるの? お父さん、自分で持たないの?」

「黙れ、律己」


伸びてきた手にくしゃくしゃと頭をかき回され、律己くんは首をすくめた。
< 182 / 192 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop