クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
エピローグ
桜が遅い年だ。
保育園から見える小高い山が、淡いピンク色に染まっている。
入園したばかりの園児たちが、おずおずと登園し、柵の中でよたよたと歩いては、数歩も行かずにぺたんとお尻をつけてしまう。
クラスの三分の一は、まだ満足に歩けない。
今年、私が担任を務める子供たち。
大人には見えないなにかを熱心に覗き込むうち、床におでこをガツンと打った子を抱き上げたところに、慣れた風の親子が登園してきた。
「おはようございます」
「あっ、おはようござい…」
私は目を剥いた。
「どうしたんですか、その恰好」
「これですか」
有馬さんは憂鬱そうに、身に着けたダークグレーのスーツを見下ろした。
「新人研修の担当になっちゃって。一週間、プログラミングの講師ですよ」
「スーツなんて持ってたんですね」
「そりゃ持ってますよ。俺、会社員ですよ?」
うーん。残念ながら、いばれるほど会社員らしくもないと思う。
慣れないネクタイがわずらわしいのか、屈み込むと垂れてくるそれを払いのけ、ロッカーの上の登園簿に迎えの時刻を書き入れる。
そのそばでは、律己くんがなぜか、ビジネスバッグを抱えていた。
「おはよう、律己くん。今日から一番お兄さんだね」
照れくさそうに顔を輝かせ、こくんとうなずく。
「どうしてお父さんの鞄、持ってるの」
「置いてくって言うから」
「それで持ってあげてるの? お父さん、自分で持たないの?」
「黙れ、律己」
伸びてきた手にくしゃくしゃと頭をかき回され、律己くんは首をすくめた。