クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
慌てて受け止めたところに、ちっという音が聞こえる。私は愕然として、歩き去る背中を見送った。

舌打ちされたのなんて、人生で初めてかもしれない。

携帯の画面は粉々。一応映りはするものの、これじゃ使えない。

朝から全力で子供の相手をして、くたくたになったところにこれはこたえる。

お味噌汁くらいは手作りしようと思っていたのに、その気力も萎えてしまい、出来合いのおかずをいくつかかごに入れてレジに向かった。


* * *


「まりちゃんが転園です。お母さまがお仕事を辞めるので、幼稚園に移るんですって」

「専業主婦をされるってことですか」

「そのようねえ」


園長を囲む保育士たちから、小さなどよめきが起こった。

見るからにキャリアウーマンという感じの、ぱりっとしたお母さんで、仕事も充実していそうに見えたのに。


「やっぱり、両立って難しいんでしょうか」

「人によるでしょうね。環境がなかったらできないし、ご本人がなにをもって両立できていると考えるのかにもよる」


この仕事をしながら二人の子供を育て上げた五十代の園長は、寂しげな顔をした。

こうやって仕事を諦めていくお母さんは多い。続けているお母さんも、いつもくたくたでピリピリしていて、仕事と子供に挟まれて休む間もなく走っているように見える。


「じゃあ倉田(くらた)先生、午前中の引き継ぎ事項をお願いします」

「はい」


私はメモ帳を見ながら、園児の様子や貸し出したパンツやタオルのリスト、保護者からの伝言などを報告した。


「ゆうかちゃんが昼食後に七度六分の微熱。お父さんがこちらに向かっていまして、十三時半頃着くとのことです」

「ゆうかちゃん、最近多いね。下の子が産まれる影響かな」

「お母さんも里帰り中だし、お父さんと二人の生活に慣れないのかも」

「気をつけていてあげましょう」
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