クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
幸運なことに私の家は、職場である保育園と、徒歩で行き来できる場所にある。駅を挟んでちょうど対角線にあたる位置関係のおかけで、職場に近いわりに関係者に会うわけでもなく、プライバシーを確保できるのもいい。

自宅のマンションは、外観こそ古いものの中はリノベーション済みだ。

部屋に上がるなり服を全部脱いで洗濯機のスイッチを入れ、熱いシャワーを出しっぱなしにしたままバスタブに座った。じわじわとお湯が溜まっていくのを実感しながら、大きく息をつく。

今日こそは、疲れに負けて寝ないようにしないと。洗濯物を干さずに寝てしまっては翌日再度洗い、また干しそびれ、を何回繰り返したことか。

いい加減、着るものがなくなってしまう。


「あ」


またできている。膝に青あざ。気づかないうちに現れて、治る前に次ができる。

体力勝負だけど、身体だけでも務まらない。楽な仕事なんてないのもわかっている。だけど私たちだって、人が想像するほど能天気じゃないのよと訴えたくなる時がある。

お風呂でいい具合に眠気が取れたので、冷蔵庫を漁って、ビールとチーズを確保して、テレビの前に座った。

十五年前のヒットソング、とランキング系の番組が言うので、どんな懐メロかと思いきや、普通に馴染みのある曲で驚いた。発売当時から好きで、今でも歌詞を覚えている。

十年くらいは経っているかなと思っていたけれど…十五年前だって?

指折り数えてみると、確かにそのくらいだ。

「あ、そう」と独り言が漏れた。

CDを買ってはカラオケに行って、趣味の合う友達同士で歌う歌と、パーティ用の歌と、男の子受けする歌とを使い分けて。

そんなことをしていた頃から、私、十五年も生きていたんだ。

ひとりきりで。




──目が合った。

この間の舌打ち男。

缶ビールを一本飲み干した後、もう少し飲みたくなり、近所のコンビニまで出てきたところでこの遭遇。

相変わらず、無職ですと書いてあるような風体で、手には競馬新聞を持っている。

向こうが私の提げているかごに目をやったのがわかった。缶ビールと酎ハイとお菓子で満たされたかごを、思わず隠したい衝動に駆られる。

彼は不躾にも、ふんと侮蔑の表情を浮かべて鼻を鳴らした。
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