クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
「そうでもなきゃ絶対結婚に踏み切れなかったし、彼」

「仕事は?」

「辞める。彼がそうしてほしがってるから」

「え、でも司法書士、高校の頃から目指してたじゃない」

「仕方ないよ、結婚するなら仕事辞めて家にいろって、向こうが言うんだもん」


細かなパウダーの粒子が光る肩をすくめ、おそらくノンアルコールのシャンパンをぐいと飲む。

その表情は、なにかを諦めざるを得なかった投げやりさが表れているようでもあり、その代わりに手に入れたものへの満足にみなぎっているようでもあり、私には正確なところは読めなかった。

ただ、ああ、この年齢らしい結婚だな、としみじみした気持ちになった。


──たとえば好きな相手がいて、一緒になって、その結果子供ができる。


暗がりに浮かぶ、有馬さんの指を思い出した。

子供が結果じゃない結婚もあるんですね、有馬さん。子供はあくまで手段で、それを使って結婚というものを手に入れたかった。そんな場合もあるみたいです。

目の前で祝福を受ける新郎新婦を、ぼんやり見つめた。

私の母も似たようなものだ。子供は手段。自分を肯定するための手段。いわゆる、完璧な家庭を手に入れるための手段。

果たしてこの新しい夫婦は、子供になにを投影するんだろう。もし結婚生活が思ったほどうまくいかなかった場合、子供の存在はどう認識されるんだろう。急にお荷物と化す? それでもなお愛情は残る?

彼らにも聞いてみたい。

ねえ、今、なにが一番大事?




「こっちの方向に住んでる人、レアだよね」

「そうだね、ちょっと外れるもんね」


帰りの電車で、穂高(ほたか)くんという同級生と一緒になった。新郎と仲のいい彼は式から参列していたようで、引き出物の大きな紙袋を提げている。

土曜日の夕方とあって、電車はそんなに混んでいない。ただ並んで座れるほどでもなく、私たちは戸口付近に立っていた。


「先週…もう先々週か? 台風のときの停電、くらった?」


どきっとした。

なんとか平常心を取り戻し、「うん」とうなずく。
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