阿倍黎次は目立たない。(12/10更新)
「佐賀……協力するって約束はどこ行ったんだよ!?」
「そんなものどこにも行ったりしていない。協力するとは言ったが、誰も『お前に』協力するとは言っていない。金野は涙を流していたとは言ったが、涙を流して笑っていただけの話だ」
「……佐賀……!」

日野は殴りかかりそうになったが、俺は制止した。ここで殴っても、この狡猾な2人組はそれをネタにしてくるに違いなかった。

「考えてみろ。かたやIT企業の社長、かたや職を1つ失い馬鹿も露呈したモデルと一般人……どちらの味方につくべきか、流石のお前でも分かるだろ、日野?」
「……だからって……人道に反してるとは思わないの?」
「人道とは何だ?」

中庭を渡る風は乾いていて、次の季節が夏であるとは到底思えなかった。

「お前には才能があるとは思うが、俺には俺の才能がある。俺の才能は、言葉を操り、俺の思想を伝える才能……せっかく得た才能だ。俺は俺の思想をもって、他を染め上げる。俺は統治者になるんだよ。俺の言葉で、俺の思想で、俺の才能で他人を支配する。……繰り返すようだが、俺は俺の才能をただ単純に活用しているだけだ。そこに何の問題がある?」

日野は悔しそうに唇を噛むと、教室の方へ走り去ってしまった。

「日野!」
「やめておきなよ、阿倍君。こう言っちゃ何だが、君は日野君に付き合わされた……言うなれば被害者だろ?」
「……それ以上言うな」

先程日野が殴りかかろうとしていたが、俺も初めて人を殴りたいと思った。
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