阿倍黎次は目立たない。(12/10更新)
「被害者に付き合わされるのは、被害者とは言わない。そういうのは正義の味方って呼ぶんだ」

言い返すと、金野は高らかに笑った。

「正義の味方? また随分と陳腐な言葉を使うんだね、君ももしかして語彙力の足りない馬鹿なのか?」
「その辺にしておこう、金野。いちいち揚げ足を取って付き合っているほど暇じゃない。お前には会社が、俺には執筆がある。コイツらと付き合うだけ時間の無駄というものだ。行くぞ」
「おい、待て! 待て!」

呼び止めようとしたが、金野と佐賀は見向きもせずに歩いていった。

「クソっ……ふざけんなアイツら……!」
「阿倍くん……」

怒りに震える俺の左手に、日野の右手が触れた。

「……さっき金野が言ってたことは、本当だと思う。阿倍くんは、私に付き合わされた。付き合わされて、大変な目にあった。それは、私だって嫌だけど、本当のことだから」

何も、何も言えなかった。それは違う。そう言いたくても、それをある程度の論理を持った言葉として提供できない。伝わらない苛立ちと言うよりは、伝えられない自分がいる、伝える才能を持ち合わせていない自分がいることに対する苛立ちだった。それと同時に、日本語を操り、言いたいことを説得力とともに伝えられる才能を持った佐賀のことを妬ましく思っていた。

「……阿倍くん……?」

何も言えないから、せめて抱きしめた。いや、きっとそんな格好いい理由があるわけじゃない。少なくとも信じていられる人を、感じていたかったからだ。恋ではない、あくまで信頼かそれに類するものだった。
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