マドンナリリーの花言葉
「今はこの屋敷の庭の管理をしているらしいじゃないか。借金は子爵が肩代わりしたと聞いている。しかし、金と権力には弱そうな男だから、すぐに口を割るんじゃないかな」
「え?」
「俺には信頼のおける腹心がいるからね。ギュンターを置いてきたのは、我々が子爵と話している間に証拠を揃えてほしかったからだよ」
ちらりとクラウスが庭を見る。
小型の馬車が門に近づいてくるのが見えた。あれは、ベルンシュタイン家の馬車だ。
「そして、愛人と目された女はおそらく君だ」
クラウスの指がパウラのほうを向いた。正確には指さされたのは、パウラのすぐそばにいるゾフィーだ。
彼女はクラウスの鋭い視線を受けて、戸惑ったように目をそらす。
「わ、私? なぜそんな。そんな大それたこと、できるはずがありませんわ」
「いいや。すべてはアンドロシュ子爵の企てだろう。あの頃、子爵家に息子のエーリヒ殿とドーレ男爵が出入りしていたのを、子爵は面白くは思っていなかっただろう? 子爵は男爵の弱みを掴もうと画策していたはずだ。実直で有名な男爵は危ない投資には手を出さない。金を使っての罠には引っ掛かりはしないさ。であれば別の手を考えるしかない。……ドーレ男爵と言えば当時のクレムラート伯爵の側近だ。つまり伯爵を使って陥れるのが、ドーレ男爵にとって一番のダメージになる。そのために、おそらくここから一番近い伯爵の別荘地に手を回していたのだろう」
ディルクは淡々と語るクラウスとアンドロシュ子爵を見比べる。
九年前の事件について、そこまで詳細な証拠を短期間で揃えられるはずはない。だからある程度は仮定や予測で話しているはずだ。しかしクラウスの物言いには威圧感があり、子爵が気圧され始めている。
これが王者の風格か、とディルクは息を飲んだ。