マドンナリリーの花言葉

元々、ローゼが心惹かれるものは、常に美しいものだった。
育てている花の中でも、気品ある薔薇やカサブランカがとりわけ好きだったし、教会に行けばステンドグラスばかり見ている。
そして、領主ご夫妻は、ローゼが今まで目にした人間の中で一番美しい人たちだったのだ。


「私、領主さまのもとで働きたい……」


ポツリとつぶやいたローゼに、クルトは驚いた。
だって彼は、これを機に彼女と親しくなり、いずれは嫁にと望んでいたのだから。

「縁もないのに貴族の屋敷には入れないよ」と止めに入るクルトに対し、彼の父親は全く反対の考えだった。

なにせローゼは美しい。
領主屋敷で働くようになれば、男の目を惹き付けずにはおかないだろう。領主屋敷には近隣の貴族が多く出入りするし、見初められるのもすぐだろう。
そうすればこの娘は恩義を感じて、多くいる花の行商人の中でも自分たちを優遇してくれるに違いない。

それは、息子の妻に迎えるよりもずっと得だと、男は考えたのだ。


「本当に働きたいなら、おじさんが何とかとりなしてあげよう」といい、喜ぶローゼには、家族を説得するようにと告げた。


それから一年。
男は持ちうる限りの伝手を駆使して、ローゼにメイドの口を紹介した。
ちょうど、クレムラート家では内紛があり使用人が少なくなっていたのも功を奏した。

最期まで反対したのはローゼの両親だ。


「あなたには幸せな結婚をしてほしかったのに」

さめざめという母に、ローゼは言った。


「あら、結婚はするわ。私、好きになれる人を探しに行くのよ」


整えられ、季節の花が咲き乱れる庭、意匠を凝らした家具がそこかしこにあるお屋敷、そしてまるで物語から抜け出たような美しい伯爵夫妻。
そんな物語の舞台のような屋敷でなら、きっと恋ができる。私の胸をとろかし、熱く愛を語ってくれる紳士に出会えるに違いない。

そんな夢のようなことを、ローゼは本気で信じていた。

そして本当に、ローゼは出会ってしまったのだ。
伯爵の後ろに従う影のようにしていながらも、しっかりとした存在感を漂わせるディルクに。

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