マドンナリリーの花言葉

パウラとは、こうして月に一度顔を合わせているが、あまりの無邪気な態度に深入りすることもためらわれて、軽く話をするだけで終わる関係を続けていた。

真実を究明したい意思はあれど、ディルクには今のほうが大事だ。フリードとともにクレムラート領の繁栄のために尽くすことが優先事項であり、夫人と父の関係を暴くことは片手間でしかなかった。

しかし今日は違う。
ギュンターがローゼと似た女性を探しているということは、パウラ夫人も候補者のひとりとなるのだ。
彼女たちの関係性。パウラという人物の背景。
今まで気になりつつも放置していた懸念事項を明らかにしなければならない。
でなければ、ローゼの今後にも影響があるだろう。

今日もゾフィーが手を添えた状態で、パウラ夫人が歩いてくる。「こんにちは」と声をかければぱっと顔を上げて小走りになった。


「ドーレ男爵ね?」


“ドーレ男爵”の声を聴いて、当然のように、ふわりと抱き付いてくる。愛人に向けたような激しいものではないが、他人の夫にする態度でもないのは明らかだ。


「お久しぶりです。パウラ」


ディルクがそう呼び掛けると、顔を上げ嬉しそうに笑う。いつものように花を渡すとその匂いを嗅ぎ、頬に花粉が付いたのでディルクは指でこするようにしてとった。

子供のように、「きゃっ」と言いながら笑う。ディルクに触られるのが嬉しいというように目尻を垂らしたまま、彼の腕にしがみつく。

目が見えないと言ってはいるが、影ぐらいはわかるのだろう。こうして抱き付いてくるときなどに迷いがない。おそらく輪郭程度はきちんととらえられているはずだ。


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