幸田、内緒だからな!
皆さん、誤解です!
 夜遅く、彼から電話があった。

「直紀、酔ってる?」
「ごめんごめん。会議の後3人で飲みに出た」
「そうなんだ。明日、大丈夫? 朝からFホテルの偵察に行かないといけないけど」
「何時だ?」
「9時」
「悪いが1時間遅らせてくれないか?」
「わかった。明日出社して調整してみる」
「すまん」

 恋人同士だって事を感じさせない会話だった。
 それ以上、いつもの甘い言葉もなく、わたしは電話を切った。
 父から縁談の話を聞いてなかったら何とも思わなかっただろう。
 だけど、聞いてしまった後は、ただの社長と秘書の関係に戻ったような距離を感じた。

 どうなるんだろう、わたし達。


 次の日。
 わたしの心とは裏腹に、澄み渡った青空が広がっていた。
 もうすぐ10月。
 秋の空は高く見える。

 いつもより30分早く出社したわたしは、社長のスケジュールを調整した。
 1時間のズレなら何とかなりそう。

「おはよう、早瀬さん」
「おはようございます」

 現れたのは、5歳年上の先輩の三浦千草(みうらちぐさ)さん。
 彼女が専務の秘書に就いたのは2年前。
 小井手さんの前に社長秘書をしていた人でもある。
 それ以前に社長秘書をしていた人は皆退職たので、残っている中での経験者は三浦さんだけだ。

「今日は早いのね」
「社長のスケジュールに変更が出たものですから」
「またなの? 社長って、昔からよく予定変更される方だったものね。当時は迷惑だったわ」
「そうですか」
「専務なんて、スケジュール通りに行動してくれるからやりやすいのなんのって」
「そうなんですね」

 三浦さんは見事なバストに引き締まったウエスト、それから大きめのヒップにすらりと伸びた長い足。
 ハイヒールが見事に決まる女性フェロモン全開のキャリアウーマンだ。
 わたしと付き合う前、もしかしてこの人とも男と女の関係があったんじゃないかと疑いたくなる。
 だけどそんな噂は不思議と耳に入って来ないし、今みたいに社長を悪く言う事もしばしば。
 それに社長が他の秘書と雑談する事はあっても、三浦さんと話しているのはめったに見ない。
 やっぱりお互いにあまり波長が合わないのかもしれない。

 社長の好み、やっぱり未だによくわかんない。

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