幸田、内緒だからな!
 父が運転手の面接に現れた時、本当に心臓が飛び出るほど驚いた。
 社長の運転手って事で、わたしもお茶の用意をしたり、面接会場に案内したりして顔を合わせた。
 わたしが母の姓を継いだ事が功を奏した。
 苗字の違うわたしと父を、親子だと思う者は誰もいない。
 それに父は、わたしが他人のふりをしているのを見て、それに合わせるように振舞ってくれた。
 入社が決まり、話をするようになっても、他の人がいる場所では他人を装ってくれた。
 だから、わたし達が親子だって事は、誰にもバレていない。
 もちろん直紀にも。

 どうして彼に話さなかったかと言うと、もしわたし達が親子だとわかると、お互いに気を遣うんじゃないかと思ったから。
 それと、そもそも採用にならなかったかもしれないって事。
 わたしは父の事が嫌いだったから、落とされた方が良かったのかもしれない。
 だけど、面接に現れた父が、普通の生活をしているようには見えなかった。
 皺が残るスーツは、どこか薄汚れていたし、顔も手も黒く焼けて不潔だった。
 もしかして、住む家がないんじゃないだろうかって気がしたんだ。
 
 もし採用されなかったら、60歳近くのこの男は、この先どうなってしまうんだろう。
 そんな考えが頭を過ぎり、2人の関係を暴露する事は出来なかった。
 更に、社長から誰がいい? と聞かれ指差したのは父の履歴書だった。

「どうするか、しばらく考えてみる」
「ああ。どうするにせよ、わたしはお前の味方だから」
「今更何よ。わたしの事が大切なら、何で他の女なんか好きになっちゃったのよ。お母さんを捨てたのよ」
「そうだな」

 父に送ってもらい、母の待つ家に戻った。
 母には、父が会社にいる事は話していない。
 もう思い出したくないだろうし、わたしと父が会っているのを知ったらいい気はしないだろうから。

 こうしてみると、わたしもいろんな事隠して生きているんだなと実感した。
 誰にでも秘密のひとつやふたつはある。
 それを全部話してしまったら、逆に傷つける場合もあるだろうし、黙っている事で信頼を失う事だってある。
 そのさじ加減は難しい。

 直紀との事。
 これから考えて、わたしが出す答えは、果たして正しいのか。
 それはまだわからない。
 
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