幸田、内緒だからな!
 食事を終えた会長は、そのままお風呂に消えて行った。
 テーブルに残された空の食器を流し台に運ぶ。
 夫婦ふたりとは言え、毎日の食事の準備、後片付け、掃除、洗濯などのいっさいをお母さんがされていたんだ。
 専業主婦とはいえ、ひとりではやはり大変だっただろうと思う。
 もし直紀と結婚出来たとしたら、彼はいろいろ手伝ってくれそうな気がする。
 ひとり暮らしの男性は、まあ細かい事まではしないかもしれないけど、ある程度の家事は身についているはず。
 それに頼ろうと思っているわけではないけど、きっとお母さんよりかは楽なはずだ。
 会長は、さっき見た限りでは何もしない人に見受けられた。
 着替えもお母さんが当たり前のように洗面所まで運んでいた。
 わたしも気合を入れて気配りしないと、使い物にならないとすぐに放り出されかねない。

 下着姿で戻って来た会長に、お母さんは隣の和室で寝巻きを羽織らせ、帯を締めていた。
 わたしはその間に食器を片付けてしまう。

「知花さんもお風呂入っていらっしゃい」
「わたしは最後で結構です。お母さん、どうぞお先に」
「そう? あ、それじゃお父さんに麦茶を頼むわね」

 え!
 麦茶ですか……
 わたしだってお風呂上りには冷たい水をごくりと飲み干す。
 だけど会長となると、どのグラスにどのくらい注げばいいのか、氷は入れるのか、それさえわからない。

「あ、コップはそれを使って。それからあまり冷たすぎるのは駄目だから、氷は入れないでね」
「わかりました」

 良かった。
 お母さんはきっと、わたしが不安に思っているのを察してくれたんだね。

「会長、こちらで宜しいでしょうか?」
「うむ。そこに置いてくれ」

 会長は、マッサージチェアに揺らされながら、その近くにあったサイドテーブルを指差した。

「気持ち良さそうですね」
「風呂から上がったら、君も使うといい」
「ありがとうございます」
「まだ揉みほぐすほど疲れちゃおらんだおうがな」
「そうですね」

 うっ。
 イヤミ?
 まあ確かにそんなに働いていないけど。

 しばらくして会長は、わたしが運んだ麦茶を喉を鳴らしながら飲み干した。
 
「それじゃ、わたしは先に休ませてもらうよ」
「はい。おやすみなさい」

 寝室に向かう会長の後姿が見えなくなると、わたしは深いため息をついた。
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