幸田、内緒だからな!
 会長宅での花嫁修業10日目の事。
 会長が留守だと知っていたのか、その時間を見計らったように幸田さん、つまりはわたしの父がやって来た。
 驚いた。
 何故父が?

「奥様お元気そうで」
「あら幸田さん、今日は直紀は一緒じゃないのね」
「はい。社長は会長の言いつけ通り、早瀬さんの修行が終わるまでは会わないと頑張っておられます。ちょっと痛々しい感じなのですが」
「痛々しいって、社長、どうかされたんですか?」

 気になって尋ねる。
 お母さんにわたし達の関係がバレないように神経を使いながら。

「早瀬さんがお休みされてから、三浦さん(専務の秘書)や本村さん(部長の秘書)が代行されているのですが、やはりあなたじゃないとミスも多々あって。それと、やはり早瀬さんのお顔を見れないと寂しいようで、ふと物思いにふけっておられるお時間もありまして」
「あらまあ、知花さんって優秀な秘書なのね」
「いえ、そんな事はありませんよ。毎日社長と一緒だったので、ただ慣れているだけです」
「ううん。直紀の仕事がスムーズにいっていたのは、やはりあなたのお陰。その仕事を中断させてごめんなさいね」
「お母さん謝らないで下さい。お願いしたのはわたしの方なんですから」
「1日でも早く、直紀の元に返してあげなきゃね」
「それにしても律儀ですね、直紀さん。会長がお留守の間だったら、こっそり寄ってもいいのに」
「ふふっ。あの子、昔からそういうところがあったのよ。根が真面目なのかしら」

 時として野獣に変身してしまいますけどね。
 それでも、直紀の真面目さはわたしにもわかる。
 直紀は、そういう人だ。
 
「それで、幸田さんは何のご用ですの?」
「すみません。特に用事はないんです。社長が早瀬さんの様子を見てきて欲しいとおっしゃるものですから」
「まぁ、あの子ったら」

 はずかしい。
 でも、もしかしたらお父さんも見に来たかったんじゃないかな。
 わたしが小学校の時に出て行って、会社で再会するまでただの一度も姿を見せなかったくせにね。
 今更何なの? って思うよ。
 でも、心配してくれて嬉しい気持ちもある。
 お母さんに話したら気が狂ったように荒れまくるかもしれないけど。

「で、どうですか? 花嫁修業の方は」
「ええ、とてもよくやってくれてますよ。若いってやっぱりいいわね。身軽だし。とても助かっています。あの子にも、とても素敵なお嫁さんを見つけてくれてありがとうって伝えて下さい」
「お母さん……」

 嬉しかった。
 お母さんは認めて下さってるんだってわかって、すごく嬉しかった。

「それで、会長の方は?」
「何も言わないって事は、気に入ってるんじゃないかしら? あの人、気に入らなかったらはっきり言う人だから」
「そうですか」
「あらごめんなさい。立ち話もあれだから、お茶でもいかが?」
「いえ、わたしはこれで失礼します。社長のお出掛けの予定もありますので」
「そうなの? それじゃあの子に宜しく伝えてね」
「かしこまりました」 
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