Real Emotion
2 悔し紛れの決意

ほんの数時間前まで、私は彼氏の部屋に居た。
久しぶりのお部屋デートのはずだった。
まったりと甘い時間を過ごすつもりだったのに、見てしまったのだ。
昨日の夜、目の前にいるコイツが街中を他の女と腕を組んで歩く姿を。


「それが何?問題ある?」


私というものがありながら、他の女と出歩くことを問題ではないと言い切るって
なに?意味が分からない。


「俺が誘ったわけじゃない。ムコウが勝手にくっついて来ただけ」


その「ムコウ」呼ばわりの相手の女は今を時めく人気モデル。
スラっとしていて手足も長くて
髪はツヤツヤのゆるふわで小さいお顔に大きな目。
彼女の笑顔には老若男女問わず魅せられる。 
嫉妬だけではない様々な思いが胸中に渦巻いていて
穏やかではいられないのだ。


「断ればよかったじゃない!」
「断ったよ?でもどうしてもって言うから 勝手にすれば、って言った」

ああそうですか。そうでしょうとも。
そんな女に「どうしても」とせがまれたら断れないのが男のサガでしょうよ!
どうせ私は普通です。綺麗でも何でもない普通のオネエサンです。
1LDKの「玄関開けたら3分でごはん」な部屋に住む地味なOLです。
どう足掻いたってキラキラのモデル女なんかに太刀打ちできない。
勝ち目なんかないじゃない。


「別に比べてるわけじゃない。比べようとも思わない。茉莉子は茉莉子」


そんな浮気男の常套句なみたいな慰めは何の証にもならないって言うの!
悔しくてもどかしくて切なくて地団駄踏んでみたところで
虚しいため息が零れるだけ。



もういい。



そっちがその気なら、こっちだってやってやるんだから。
目には目を。アンタのその言い分に倣ってやる!



そう勇んで部屋を出た。
ヒールを鳴らして向かったのは閉店間際の某百貨店。
迎える獅子を一睨みしてから、先ずは目についたルージュを買った。
愛用しているいつもの色よりも濃いそれは深紅の薔薇色を思わせる。
BAのお姉さんがそのルージュを使ってメイクをし直してくれるというから
任せてみることにした。いつもは使わないリキッドのアイラインでと
ラメの入ったアイシャドウでくっきりと艶めいた目元になった。


ほんの少しイイ女になったような気がした。
顎がツンと上がる。メイクの力ってすごい。

「仕上げに」とBAのお姉さんがシュッとひと吹きしてくれた香水は
フルーティフローラルの甘やかで爽やかな香り。

「いい香り」
「シャネルのチャンスです」


シャネルと聞いただけでいい女になれる気がする。
モデル女に対抗するにはやっぱりシャネルよね!と
よくわけの分からない理屈に一人で納得して、その小瓶も買った。


よし、次は服だ、と勇んでエスカレーターを駆け上がった。
目についたテラコッタ色のワンピースを手に試着室に入った。
とろりと肌に落ちて馴染む素材は身体のラインを浮き立たせ
胸元と背中が大きく開いたデザインはとてもセクシーだった。
いつもなら試着室から出ないけれど
今日の私は、メイクとシャネルで気持ちが大きくなっている。
見てちょうだい、と言わんばかりに試着室から出て姿見に自身を映した。


「よくお似合いです。こちらの靴を合わせたら素敵ですよ」


店員のお姉さんがにこやかに勧めてくれたのは
9センチはあろうかというピンヒールだった。
普段なら絶対に履かない、試すことすらない代物だけど
今は よっしゃ、何でも来いや!な気分なので、それも履いてみた。
華奢なデザインが服によく合う。悪くないじゃん♪と姿見に見入る私の脇から
店員のお姉さんが洒落たクラッチバッグをそっと差し出した。


「うゎ素敵」
「でしょう?」


こちらもいかがでしょう、と差し出されたのは
大振りなイヤリングと、存在感のあるバングル。
これで完璧ですよ、と片目を瞑った定員のお姉さんと笑い合って
服と靴を試着したまま、バッグとアクセサリーも一緒に買い取った。


その勢いで、次はランジェリー売り場に向かった。
豪奢なレースと刺繍をふんだんに使ったブラとショーツを買った。
それとお揃いのガーターベルトとストッキングを見つけて一緒に買った。
着けてみたい思いは以前からあったけれど、自分には不似合いな気がして気後れして
一度も着けたことがないどころか、売り場で手に取ったことすらなかった。
でも今日は違う。気後れなんてどこ吹く風だ。
これもその場で着替えた。
戦闘服・・・じゃない、勝負服はこれでOK。
パウダールームでもう一度ルージュを引きパフュームを付け直したら、完成。


ふん、どうよ?
私だってその気になればちょっとイイ女に見えるんだから!
・・・見えてるよね? 
大丈夫だよね? 
独り善がりじゃ・・・ないよね??


あぁ、だめだめ!気弱になったらそこで負けなんだから。


ペチペチと頬を叩いて気合いを入れた。
よーし。今夜は絶対決めてやる!いざ行かん戦場へ。
と、威勢よく夜の街へ出たのはよかったのだけれど
いざ声を掛けられると尻込みしたり、萎えてしまう。


こんなチャラい奴は嫌。
こういう馴れ馴れしい奴も駄目。
ギラギラしてるオッサンは問題外。



はぁと小さく息を吐いた。アバンチュールも楽じゃない。
何だかとても疲れて、バカらしくなってきて
盛り場の喧騒から少し外れたところで見つけた
小さな看板を掲げている静かなバーのカウンターに落ち着いた。


履き慣れないピンヒールにアキレス腱が悲鳴を上げていた。
ちょうどいい。ちょっと休憩。一息いれよう。夜はまだまだ長いんだから。
下がりかけたテンションをもう一度上げるために
2、3杯煽って、仕切りなおしといこうじゃないの。
今夜はヨクボウに忠実に本能の赴くままに行動するのだ。
アイツだってそうしてる。律儀に操をたてることはない。
女にだって突発的に欲しくなる時がある。理性で押し潰すなんて、もうしない。


< 2 / 15 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop