ひざまずいて、愛を乞え~御曹司の一途な愛執~

(最低、最低っ、さいっていっっっっっ!!)

 全身が怒りに包まれていた。
 感情をどう制御していいかわからない。
 ただ嵐のような激情に身も心も支配されてしまった。こうなったら大人しく、それが通り過ぎるのを待つしかない。

 葵は、胸のあたりをぎゅっとつかんで、目を閉じる。

「……最低っ……」

 愛してるなんて、絶対に聞きたくなかった。
 昔と同じ声で『葵』と呼んでほしくなかった。

(許さない……私は、あの人を許していない……!)

 どうしても忘れられないなら、彼を憎むしかない。目の前にいない男のことを心の中で恨むのは、自分だけの問題だ。誰かを傷つける行為ではないと、葵は自分に許してきた。
 そうやって、この八年間、心の折り合いをつけてきたというのに、当事者である本人が目の前に現れて、やりなおしたいと言う。
 一方的に、また葵は振り回されているのだ。

 死んだほうがマシだと思うくらいの失恋は、葵を臆病にし、一方で、心を守るための、頑丈な殻を作った。

(冗談じゃない……もういやよ、絶対にあんな苦しみを味わいたくない……)

 強気な葵の目に涙が浮かぶ。

「絶対にいや……」

 そのまま葵は、膝に顔をうずめ、泣き出してしまった。


< 25 / 318 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop