ひざまずいて、愛を乞え~御曹司の一途な愛執~

 その一瞬、葵は忘れてしまっていた。
 ほんのひと時だけれど、苦しい過去を全部忘れて、ただ蒼佑のどこか寂しそうに見えるグレーの瞳に、魅入られてしまった。

「それでも俺は……葵が欲しい。愛してる……」

 彫りの深い、端正な顔が近づく。

 あっと我に返ったその瞬間、葵の唇は蒼佑によって塞がれていた――。

 唇が触れあったのは一瞬だった。

 ドスン、と葵のバッグが足元に落ちる。蒼佑がバッグから手を離して、葵の腰に腕を回したのだ。

 だが葵も黙って口づけされるわけにはいかない。
 するりと身をひるがえすようにしゃがみこみ、バッグをつかんで出口に向かって走り出した。

「――葵!」

 後ろから蒼佑が叫ぶ声がしたが、それどころではない。

 葵はこぶしでゴシゴシと唇をこすりながら、ビルから飛び出す。ここでまともに逃げてもまたつかまりそうな気がして、とっさにビルとビルの間に身を滑り込ませて、しゃがみこんだ。

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