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番外編② gift box

ああ! お酒が飲みたい!
消毒用アルコールの匂いだけで我慢してる今、目の前に広がる光景は目に毒だ。

『有坂行直棋聖 就位式』

友達の結婚式でしか見たことない金屏風の前で、主役である有坂さんが堂々たる挨拶を述べている。
私も耳だけは真剣にその言葉を拾っているけれど、隣で師匠がクイクイ傾ける液体に目は奪われていた。

「師匠、それ何県のお酒ですか?」

「さあ? 日本のお酒でしょ? 日本酒だから」

「いいなぁ」

「飲めばいいじゃない。あなたも湊もお酒強いから、その子どもだってちょっとくらいなら平気平気」

「えへへ、そうですか~?」

お腹をぽんぽん叩いて了解を得ると、差し出された悪魔の誘惑に手を伸ばす。
ところが指が触れた瞬間、そのグラスが奪われた。
中身はすべて湊くんの胃に!

「ああああ!」

日本酒を一気飲みしたはずの湊くんは、麦茶を飲んだ後と変わらない顔で口元を拭った。

「相変わらずいい飲みっぷりだねぇ」

面白がって新たなグラスを用意する師匠を、さりげなく梨田くんが追い払う。

「師匠、あっちに新しい料理追加されたみたいですよ」

「あ、そうなの? どれどれ」

隙のない笑顔で師匠の背中を押しやった梨田くんは、湊くんの手から空っぽのグラスを取って、代わりにお水を渡す。
湊くんと同門の梨田くんは私よりひとつ年下のくせに、立ち回りにそつがない。
面倒見もよく、おかげで夫婦ともども何かとお世話になっている。

「ありがとう」

湊くんも素直に水に口をつける。

「あんな飲み方して酔わないんですか?」

「酔ってるよ」

「可愛げない酔い方ですね。形勢悪いときの方がよっぽど顔に出てますよ?」

湊くんは勝ってるときは無表情なのに、負けているときは動きが忙しくなる。
投了直前はカクッと首を落とすから、将棋の内容はわからなくても結果だけはすぐわかるのだ。

「梨田くんは出ないよね。負けたときの感想戦も笑顔だったし」

変わらぬ穏やかさを保つ彼が不思議で、常々疑問に思っていたことをぶつけてみた。
感想戦だけ見たら、いつでも梨田くんが勝ったように見える。

「負けたときは相手に気を使わなくていいから気楽だし、」

梨田くんはやはり笑顔で答え、

「根本的に、将棋指せるだけ幸せですから」

と、どこか切なそうに続けた。
梨田くんも年齢制限ギリギリで四段に昇段したから、それなりに苦労はしているのだろう。

「それは同感」

湊くんも無表情のまま頷いた。

ちなみに梨田くんは棋士番号で湊くんのすぐ前にあたる。
もし半年時期がずれていたら、梨田くんが試験官になっていたらしい。
昇段が近いせいもあり、各棋戦で湊くんと当たることも多い。
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