gift
▲3手 flower

ショックだったのは、彼が浮気をしていたことでも、私でさえ本命でなかったことでもない。
自分がこんなに打算的な人間だったのだと、思い知ったことだった。

「━━━━━それでバレないの?」

「あやめって深く考えないから『出張』って言えば疑わない。別にバレたっていいし」

会社の喫煙ルームは、防煙の仕切はあっても防音効果はまるでない。
そんな壁の向こうで、男の声は遠慮ない。

「今井さんと付き合って半年? その間によくそんなに何人も……。俺が女だったら軽蔑する」

「男だろ」

「うん。だからうらやましい」

ふんっと笑った声は、ついさっきまで私の耳元に響いていたものと同じ。

「俺、結婚なんてする気ないし、だから誠実に付き合ったって無駄なだけ」

なるほど、結婚することと誠実に付き合うことは、限りなくイコールに近いものなのだ。
結婚するつもりがないなら、どんなに誠実に付き合っても、結局は「不誠実」の烙印を押されてしまう。
それならたしかに誠実さは無駄だな、と妙に納得した。

「今井さんのことはどうするんだ?」

話題が自分に向いたので、薄い壁面に一層近づき、健康増進ポスターに身をやつす。

「まあ適当に。次に誰か見つかるまでは維持するつもり」

しずかに吐いたため息が、ポスターの上を滑って落ちた。

私は拓真と付き合って、社内恋愛の春を謳歌していた。
秋の終わりに付き合い出して、寒い冬を越え、この春は続いて行くと信じたまま無に放り出されてしまった。
「これ本物だと思ったでしょう? 実はプロジェクトマッピングなんですよ~」とでも言われたかのよう。
見ていた鮮やかな景色は、ただの汚れた壁だった。

煙草で汚れた壁に張りつきながら、幻の春を思う。
ほんの十分前だって、非常階段の踊り場でそれはそれは濃厚なキスを交わしたばかりだったのに。
「会社じゃなかったら押し倒してた」そう囁かれて、身体がトロリと溶けた気がしたものだ。

「……もう! リップ直さないと」

「じゃあその前に」

わざと唇を舐めるようにして、拓真は私に再びキスをした。
すっかり取れてしまったリップをトイレで塗り直しながら、

「あ、今夜は課の飲み会になったって言い忘れちゃった!」

と彼を追いかけたのが運の尽き。
いや、そもそもこんな男と付き合ってたことが不運なのだから、開運の兆しだったのかもしれない。
仕立てのいいスーツの背中を探していたとき、喫煙ルームから彼の声が聞こえてきて、ついイタズラ心で盗み聞きしてしまったのが先ほどの会話だった。
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