gift
約半年付き合った彼の浮気&それ以上の事実を知った今、胸に湧き上がるのは純粋なまでの怒り。
自分で自分が情けなくなるほど、一片の恋心も残っていなかった。
なかなか見た目がよくて、そこそこ仕事も優秀で、それなりにやさしくて、まずまずオシャレで、ケチでもなく、素敵なお店を知っていて、身体の相性も悪くない。
でも、それだけだ。
これほどの好条件を並べた上で「それだけ」だった。

彼と付き合っていたのは、誰かに自慢したいからだったのだ。
「根津さんってすっごい素敵! あんな人と付き合えてうらやましい!」
この言葉を与えてくれることが、彼の一番の価値だった。

どんなに素敵な彼氏でも、浮気男をうらやましいと思う人はいない。
だからヤツにはもう何の価値もない。

喫煙ルームのドアを開けると、むわっとした煙に包まれた。
眉間に皺が寄る。
たくさんキスした相手なのに、この煙がヤツから吐き出されたものだと思っただけで気持ち悪い。

「けほっ。ごめん、立ち聞きしちゃったんだけど」

内容はともかく立ち聞きはよくないので、一応謝罪はしておく。
「別にバレたっていい」と豪語した拓真にもそれなりの罪悪感はあったようで、煙草を口から離して気まずそうに顔を歪めた。

「別れる。じゃ、そういうことで!」

なるべく呼吸をしたくないので、言うだけ言って強めにドアを閉めた。
小走りで移動して、離れたところで深く息をついたら、ついさっき濃厚なキスを交わした非常階段が目に入った。
途端に気持ちが悪くなる。

あいつとのキス、何で平気だったんだろう。

胃の奥からせり上がってきそうな何かを、ハンカチで必死に押し戻して自動販売機に走る。
普段は飲まないブラックコーヒーを買って、その場で口に含み、口の中をゆすぐようにしてから飲み下した。
キスの味なんてもう思い出せないけれど、あのヌルヌル感だけはしつこく残っている。

半年もの間キス以上のこともさんざんしていたのに、気持ちが離れた途端に耐え難い嫌悪感に襲われた。
身体中のいろんなところをナメクジが這っているような、ぞわぞわとした悪寒がする。

同時に自分の心変わりの早さにも呆れる。
拓真のことは腹立たしいし気持ち悪いけれど、私も結構最低だった。
あいつの言う通り、「仕事が忙しい」と言う言葉を疑いもしなかった。
会えなくても全然寂しくなかったからだ。
社内で恋愛ごっこを楽しむのは好きでも、休日まで会うのは面倒臭いとさえ思っていた。
私もたいがいひどい。

けれど、それでも私は半年の間、まがい物ながらも彼だけに愛を注いできたつもりだ。
それなのに知らないところで何度も何度も浮気されていて、その口で手で触れられていたのだと思うとおぞましくて仕方ない。
ハンカチでこすり過ぎたせいで、唇はカサカサに乾いていた。
どんなに手を洗っても「血が落ちない!」って騒いでいたのは、マクベスだっけ? ハムレットだっけ?
< 17 / 105 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop