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「……唇燃やしたい」

今ガスバーナーがあったら、こんがりキャラメリゼしているところだ。
ビールを飲み干したあと、紙ナプキンで必要以上に唇を拭く。

「あやめさ~ん、大丈夫ですか~?」

目がつぶれるほどのつけまつげをバシバシと羽ばたかせて、夏歩(かほ)ちゃんは私にまでトロンとした声で話し掛けてきた。

風紀に関してはゆるい会社だが、夫婦揃って同じ課には配属しない方針なので、岩本さんと入籍した美里さんは事業所に異動となってしまった。
その人員補充として配属されたのが、新入社員の斉藤夏歩ちゃん。
なんと、「会社には結婚相手を探しに来ています!」と公言している猛者だ。
当然「男に媚びを売ってる」と陰口を叩かれているが、「騙される男の方が悪いと思いませ~ん?」と本人は気にしていない。
だけど「仕事ができない女は軽く扱われるので~」と、仕事は猛烈にこなしてくれるので、私としてはただただ頼もしい後輩だった。

「大丈夫じゃなくなりたい! 酔ってすべてを、いやここ半年を忘れたい! ……次、青森県産アップルアペタイザー」

「は~い!」

口の中に残るヤツの感触が消えることはなく、炭酸やアルコールで洗い流そうと次々飲んだ。
今差し出されたら、殺鼠剤ですら口にしてしまいそうだ。

「あやめさん、気にすることないですよ、失恋くらい。また次見つければいいんですから~」

「失恋じゃないんだよ、私がこんなになってるのは。だけど絶対『今井は失恋で荒れてた』って思われる。ああああ、早く次の恋がしたい!」

かすんだ目で見回して見ても、これといった目ぼしい物件はない。
ハゲ、デブ(既婚)……あれ? 変人が見当たらない。

「そういえば、なんで夏歩ちゃん、こんな飲み会に参加してるの? 恋のチャンスなんて皆無だよ?」

出会いとときめきと好条件を求めて日々アグレッシブに活動している夏歩ちゃんには、無意味な飲み会だ。

「間接的な出会いがどこに転がってるかわからないじゃないですか~。『うちの息子の嫁に』って、どこかの社長から声が掛かるのを待ってます~」

1%もない可能性すら捨てない意気込みは尊敬に値する。私はせめて1%くらいの可能性は欲しいし、面倒臭いのは嫌だから既婚者は排除する。

「もう、課長にしちゃおうかな」

「え、課長……? あやめさん、それはチャレンジャーですね」

素に戻った声で夏歩ちゃんが見遣る先には、我が社のナンバーワンイケメンが座っている。
今夜は壁を背にしているので、女性店員さんの視線も熱を帯びているような気がする。
他の人のものと比べ、課長のジントニックだけ表面張力の限界を競うように量が多いのは、気のせいではないだろう。
それもお見送りまでの短い時間の命でしょうけれど。

「ちなみにチャレンジャーっていうスペースシャトルは、打ち上げ失敗してますからね、あやめさん」

余計な豆知識で釘を刺されても、今の私に滝島課長は本当の意味で後光が差して見える。

「ハゲってそんなに悪いことかな? キスするときは正面しか見えないんだから問題なくない?」

「自暴自棄にならずに未来を見つめてください。隔世遺伝した孫に恨まれるんですよ? 事はあやめさんひとりの問題ではなく、今井一族の行く末を左右するんです!」
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