gift
『会社というより社会そのものに、俺の居場所はやっぱりなかった。
会社員なんて勤まるはずがないから、すぐに辞めるかクビになるだろうって、その日をただ漫然と待っていた。

だけど、それを君は許してくれなかったよね。
毎日毎日飽きもせず、俺のミスを責め立てては笑う君は、正直うるさくて仕方なかったよ。
機嫌を損ねると、ホチキスの針を抜かれていたり、イスの高さを変えられていたり。
小学生なの?

降ってくる火の粉を払っているうちに、いつの間にか話す人が増えて、できる仕事が増えて、会社に俺の居場所ができていた。

奨励会員って「人じゃない」って言われることがあるんだ。
昔は「プロじゃなければ人じゃないんだから、笑うことすら許さない」って風潮もあったらしい。
今はそこまでじゃないけど、それでも一人前の人間としては見てもらえない。
人間になるには、認めてもらうには、四段になるしかない。

だけど奨励会を退会してみると、自分は一般人でもなかった。
常識はないし、経験はないし、それなのに将棋に関しては鬼神のように強い。
「人間じゃない」って、そこでも言われるんだ。

そんな俺に、君は関わり続けてくれた。
言ったことはなかったけど、感謝してる。』

「湊純史朗」と検索したら、たくさんの情報が溢れていた。
アマ竜王一回、アマ名人一回。
準優勝を含めれば、もっとたくさんの記録がある。
アマチュア棋界では、知らない人はいないほどの強豪らしい。

画像にはアマ竜王を獲った時のものや、小学生名人戦に出場したときのもの、そして奨励会員として記録係をしているときのものもあった。
今より若い湊くんは、和服姿の対局者の隣で両手を合わせて何かしている。
写真の下には『振り駒をする湊純史朗三段』とあった。
タイトル戦の記録は奨励会の有段者が取ることが多いらしく、対局風景のところどころに、対局を見つめる湊くんの姿が映っていた。
その真摯な姿は、私には人間にしか見えない。
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