gift
『試験も何もないコネ入社の俺に、社長が唯一出した条件が「たまに将棋を教えること」。
将棋なんて全然強くないくせに、やる気だってあるのかないのかわからないくせに。

触らないと決めて自分の盤駒は捨ててしまったから、社長が持ってるマグネット式の駒で、月一回社長と将棋を指した。
それが会社に馴染むに従って、気づけば楽しくなっていた。
社長なんかじゃなくて、もっともっと強い人と指したいって気持ちが抑えられなくなって、仕事が終わると将棋の研究とネットでの対局に明け暮れ、研究会にも通った。

アマチュアの棋戦で好成績を残すと、場合によってはプロの棋戦に参戦することができる。
初めて出たプロの棋戦はとても楽しかった。
見知った顔とこんな形で対局することに気恥ずかしさはあったけど、プレッシャーから解放された俺は、伸び伸びと指すことができた。
気づけばプロ相手に三連勝という、自分でも信じられない成果を残した。
楽しくて、楽しくて、俺は将棋を覚えた頃のように、またのめり込んでいった。

ちょうどその頃、あの飲み会の夜、君に声を掛けられた。
君は酔っていたし、そうじゃなくても適当なことばかりポンポン言う人だから、きっと覚えていないと思う。
だけど確かにこう言った。

『私は湊くんがいいの!』

って。
誰かから選ばれたのなんて、生まれて初めてだった。

「才能」って英語だと「gift」って言うんだって。
「神様からの贈り物」って意味。

俺は将棋の神様に選ばれなかった。
だけど今度は俺の方から将棋を選びたい。
君が俺を選んでくれたように。

そういえば、君は俺の手も好きだって言ってくれたよね。
本当にたいした手じゃないんだ。
平凡で無力で、諦めだけはものすごく悪い手。
だけど、諦められないなら、諦めなきゃいいんだったよね。

将棋を恨んだこともあったけど、将棋が悪いわけじゃない。
将棋はいつも俺に喜びと楽しさを与え、努力や忍耐の大切さを教え、この世で一番悔しい気持ちも教えてくれた。

悪かったのは将棋じゃなくて、俺の弱さだ。
もっと真剣に、もっと全力で、将棋にしがみつかなければいけなかったんだ。

アマチュアがプロに対して一定以上の成績を残すと、プロ編入試験というのが受けられるんだ。
それに合格すれば、フリークラスだけどプロになれる。

俺はやっぱりプロになりたい。将棋を指して生きていきたい。』

本当に説明不足な手紙だから、急いで「プロ編入試験」を検索した。
細かいことはよくわからないけど、アマチュアの代表としてプロの棋戦に出て、プロと対戦を繰り返した結果、十勝以上して、且つその間の対プロの勝率が六割五分以上になると、編入試験を受ける資格が得られる。
それに合格すると、フリークラスという下位のクラスながら、四段のプロになれるらしい。
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