溺れてはいけない恋
まず多良の切羽詰まった状況を聞かされた。

第一に西村家では代々婿を取った。

なぜなら男子に恵まれない女系だからだ。

第二に多良には既に決められた婚約者がいた。

祖母の代からこれから授かる多良の子にもだ。

未来に生まれる子が全て女子だと疑っていないようだ。

第三に多良はその婚約者が気に入らない。

視野の隅にも入れたくないほど嫌っていた。

第四に三上を信用していた。

なぜなら初体験の相手として多良が自分で選んだからだ。

この部分は理解できないが今は飲み込んでおいた。

第五にその三上に紹介された俺を丸ごと愛したいとのたまった。

俺の気持ちは二の次どころか無関係らしい。

まだまだ続くのだろうか。

第六に体外受精ではなく本物の愛を要求された。

その時点で俺はキレた。

怒りで沸騰した自分の内心は表情に出さず

つとめて冷静な口調を保った。

「もう止めてもらえないかな。」

俺の遠慮がちなその言葉に多良は感嘆の意を示した。

「剛英、今の聞いた?やはり一輝さんでなければ。」

「だろ?」

三上は軽く頷いて多良と目を合わせた。

「一輝、多良のどこが気に入らない?」

「全てだ。」

俺はそう言ってやった。

これでも表に出せる最高の怒りだ。

「アッハッハッハ。」

三上の笑い声が個室に響いた。

「一輝、その一言だけで多良は舞い上がれる。」

「俺にはよく理解できないな。」

肝心の多良は俺を潤んだ目で見つめ

何かを一心に考えているようだ。

「多良、今日はこれくらいにして帰れよ。」

「わかりました。」

彼女は席を立ち

スーツの上着を片手に持ち

グレイッシュなピンク色のカッチリとしたバッグを掴んで

もう一度俺を見た。

「一輝さん、私の全てを受け取ってもらえませんか。」

俺は首を横に振った。

もう何も言いたくなかった。

この二人は狂っているとしか思えない。

「見送りは要りません。」

多良は一人で個室を出て行った。

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