スノーフレークス
 私は横浜市内の県立高校に通っていたのだが、父さんの転勤に伴って転校することになった。娘が高二の二学期という中途半端な時期に、会社は父さんに突然の転勤命令を下した。なんでも、北陸の一支社にいた社員がいきなり退職してしまったので、東京の支社にいる父さんがその穴を埋めさせられることになったそうだ。
 これまで首都圏の支社にしか赴任しなかったので、これが彼にとって初めての都落ちである。こんな人事において白羽の矢を立てられてしまうなんて、父さんって社内ではあまり主流にいる社員じゃないのかもしれない。
 最初は母さんと私の二人が横浜のマンションに残って、父さんが単身赴任することを考えた。心配なのは私の学業よりも母さんの体だった。昔から母さんは病弱で寝込むことが多かったから、小学校高学年の頃から私が家事を担当してきた。
 父さんと私は環境の変化が母さんの体に障ることを心配していたんだけど、彼女は気丈にも「私は雪国で生まれたのよ。寒い所には慣れっこだから、富山に引っ越しても大丈夫よ。親子三人で暮らすのが一番よ」と言ってくれた。
 ついでに言うと私は一人っ子だ。若い頃の母さんには私の他にもう一人子どもを産む体力はなかった。

「もうすぐだぞ」
 電車の中でうとうとしていたら父さんに肩を揺さぶられた。はっとして起き上がると車窓に一面の田んぼが広がって見えた。
 社内アナウンスがあと数分で列車が私たちの目的地に到着することを告げる。富山県第二の都市にして加賀藩の城下町、高岡である。

 けたたましい発車のベルが響く中、私たちはプラットホームに降り立った。富山県内第二の町の駅だというわりには小さい駅だ。
 駅の構内には、関西某県に住んでいるネコのキャラクターにそっくりなゆるキャラのパネルが飾ってある。後で知るところによると、鎧兜をかぶったそのキャラは、昔この土地を治めていた領主の名にちなんで「利長くん」と呼ばれているらしい。高岡開町四百年記念の際に創られたキャラクターなのだそうだ。
 古い駅舎を抜けると、駅前にはこれまた古い、昭和の雰囲気が残る町並みが広がっている。正面の左手に見えるビルは近代的だけど、その他の建物は元号が変わる前に建てられた感じだ。駅前からは二両編成の路面電車が走っているし、ロータリーには年季の入った古いバスが停まっている。
「うわぁ、いかにも田舎の街って感じだねぇ」
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