スノーフレークス
 年長の女が私の方を見た。爛々と輝く黒い瞳に睨まれて私は飛び上がりそうになった。彼女の傍らにいる氷室さんを見ると、私の姿を見つけて驚いた表情を浮かべている。

 私は踵を返すと急いで元来た道を引き返した。体が本能的に危険を察知していた。私は慌てて雪道を走った。吹雪が私の傘を吹き飛ばした。頬に雪の粒が当たって冷たかったけど私は必死で走った。
 濡れた路面で足が滑って私は派手に転んだ。足首を挫いた痛みで立ち上がれない。靴下をめくってみると踝の辺りが青紫色に染まっている。そうこうしている間にも後ろからあの白い女たちが追いかけてきているような気がして怖い。

「日向さーん!」
 その時、吹雪の中から誰かが私の名前を呼ぶ声が聞こえた。聞き覚えのある男子の声だ。雪が舞い散る闇の向こう側に懐中電灯が光っているのが見える。
「ここよ!」
 私は座った姿勢で大きく手を振る。通りで誰かが私を見つけたようだ。
 吹雪の中から長身の少年が現れた。澁澤玲一郎である。短い髪やダッフルコートの上に白い雪粒をいっぱいくっつけている。彼は私の方へかがみ込んだ。
「大丈夫か」
「澁澤君! 何であなたがここに?」
 私はたずねた。
「どうやら僕らはご近所みたいだな。さっき、窓から気味の悪い空気が流れてくるのが見えたから、嫌な予感がして外に出てみたんだよ。空気の流れを遡ったらここへたどり着いたというわけさ」
 通学の途中で会うくらいだから、澁澤君の住む湧水寺はうちの近所にあるのだろう。
「嫌な空気をキャッチするなんてあなたはまるでオカルト探知機みたいだわ」
「何があったんだ」 
 澁澤君は遠くを見る。さっきいた場所を振り返ると吹雪の向こうにはすでに誰もいないみたいだった。
「近所のおばあさんが氷室さんたちに……」
 私は事の次第を彼に話した。
「ああ、そうだったのか。そうだろうと思っていたよ。こっちの方に嫌な空気が渦巻いていた」
「そうだろうと思っていたって、あなたにはあれが何なのかわかるの?」
 私の問いに澁澤君は「ああ」とだけ答えて涼しげな目を伏せる

「日向さん。立てるか」
 澁澤君がたずねるので私は首を横に振った。
「じゃあ、僕の背中につかまるんだ」
 そう言って彼は自分の背を私に向ける。彼は私を背負うと雪道を歩き始めた。こんな時、自分の体重がもっと軽かったらいいと思うのだけど仕方がない。
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