スノーフレークス
「使い手としては僕なんかまだひよっこだよ。まだ高校生だしさ。親父とお弟子さんはかなりの力を会得しているけどね。君は九字を切れるかときいたけど生半可な知識で印なんか結んだりしたら危険なんだよ。やたらに法力は使わないようにしているけど、僕だって時には術の力を借りなきゃいけないこともある」
「例えばどんな時?」
「ほら、この前君の地理のプリントを拾っただろ? 実を言うとあれは拾ったんじゃなくて返してもらったんだ。池の主からね。君があの池で溺れた日、氷室さんから君が何か大事なプリントを池に落としたことを聞いたよ。家に帰ってから、僕は半紙に墨で『プリントを返してください』というお願いを書いて、それを小舟の形に折ったんだ。折り紙の手法でね。次の日、その小舟を池に浮かべたらそれはスルスルと池の奥まで進んで、池の中に引き込まれたんだ。やつは僕の手紙を読むと水の中からプリントを出してくれたんだよ」
「あんなたちの悪いやつがよくすんなり返してくれたわね」
「代わりにドイツ語で書かれたペーパーバックをくれてやったよ。ショーペンハウエルの哲学書だ。あいつの中には旧制中学校時代の学生の魂も宿っているから、やつの好きそうな本と引き換えにプリントを返してもらったのさ」
「そうだったの。私のためにそんなことまでしてくれたのね! ドイツ語の本なんて高かったんじゃないの?」
「家の書棚にあった古本だよ。大したことはない」
 澁澤君はいつものようにぶっきらぼうに言う。

 彼が私のためにそんなふうに骨を折ってくれたなんてすごくうれしい。それに、彼の使った不思議な術にも興味を引かれた。ただの無愛想な空手少年かと思っていたけど、彼には私の知らない世界があるみたいだ。彼のことをもっと知りたいけどそれは大それた願いなのだろうか。
 
 湧水寺に着くと本堂横の住居に通された。
 作務衣を来た澁澤君のお母さんが暖かいお茶を出してくれ、それから私の足首の手当てをしてくれた。この寺の住職である澁澤君のお父さんはもう床に就いたそうだ。お母さんはちょっとぽっちゃりしているけど切れ長の目が澁澤君にそっくりだ。通った目鼻立ちから若い頃の彼女が美人だったことがうかがえる。
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