スノーフレークス
 母さんの寝室から咳の音がするたびに私の胸が痛む。彼女は前から呼吸器系が弱かったから風邪などをひくともろのどや肺にダメージを受けるのだ。このニ、三日は私が作った卵がゆもあまり食べてくれない。

 高岡に引っ越してくる前、母さんは「私は東北の生まれだから寒いのには慣れっこなのよ」と言っていたけど、環境の変化は彼女の体に障ったのだろう。やっぱり私と母さんの二人は横浜に残って、申し訳ないけど父さんには単身赴任してもらえば良かったのかもしれない。過去を振り返って様々な思いが私の頭をよぎる。
 父さんは私の肩に手を置いて「大丈夫。母さんはもうすぐ良くなるさ」と声をかけてくれる。母さんの看病で忙しい私を見て、仕事の後に家事を手伝ってくれたりもする。家庭崩壊が社会現象になっている昨今の世の中でうちみたいに仲の良い家族が、何でこんなに苦労しなきゃいけないのだろう。母さんの病気さえなければうちは三国一の幸せ家族になるのに、運命の神様っていじわるだ。
 
 今夜も雪が降っている。窓の外で白い雪が舞っているのが見える。雪が降ると車道の騒音を積もった雪が吸い込んでくれて辺りが静かになる。私はしばらく部屋の中でその静けさを楽しんでいた。

 就寝中、私はなんだか寝苦しくて何度も寝返りを打った。我が家はセントラルヒーティングのお陰で一日中暖かいから寒くて眠れないということはない。でも今夜は何故だか眠りが浅い。明日から学校が始まるから睡眠不足になると困るのだけど。
 私は起き上がって台所に行き、電子レンジでホットミルクを作った。牛乳には睡眠に良い成分が含まれているとテレビで見たことがある。私はカップ半分程度のホットミルクを飲んでからもう一度横になった。

 それから私はまた目を覚ました。時計を見ると時刻は午前二時を回ろうとしていた。自分の寝つきの悪さにあきれ、私はしばらくベッドの上で仰向けになって寝転んでいた。けれどいくら待っても眠気は私を襲ってくれない。
 私はおもむろに起き上がって窓辺に立った。通りには半紙の上に薄く墨を流したような雪景色が広がっている。羽毛のように軽い雪が風の動きに合わせて落下していくのを私はぼんやりと眺める。この降り方から察するに、明日の朝、父さんはまた駐車場の雪掻きをしなきゃいけなくなるだろう。
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